
「あたし、死ぬのが怖いの」
私がホスピスに勤め始めて、初めて主治医として接した患者の言葉。
「あたし、死にたくないのよ」
彼女——ハルさん(仮)は大正生まれの九十六歳だった。認知症と、押しては返すせん妄の波の間から押し出されたように訴える彼女に私は何も言えなかった。死への恐怖は何歳になっても逃れられないのか。九十を越えたりしたら、もっと穏やかな気持ちになって死にも動じないようになるのかと思っていた。でも、そうではないらしい。驚きと納得と、死への恐怖からは老いをもってしても逃れられないという絶望が私を満たした。