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感染対策における俺たち例外主義(その1)
あるいは終わらない問題

2019/03/18
森井大一

 薬剤耐性菌を一夜にして目の前から消し去る方法がある。細菌検査をしなければいいのだ。

 そう言うと極端に聞こえるかもしれないが、我々が日常臨床レベルで行っている細菌検査が明らかにしてくれる範囲は意外に小さい。現代の医療においてなお、医療者は目の前の患者がどのような細菌に感染し(もしくは保菌し)ているのかを完全に把握して接している訳ではない。人間は、1万種類の細菌と共生しており、人ひとりの体をすみかとしている細菌の総数は100兆個におよぶとされ(人自身の体の細胞の総数は30兆個)、その総量はだいたい脳の重さと同じぐらいになるらしい1)。目の前の患者がどんな細菌を持っているかについて、我々医療者は本質的に無知であるとも言える。

 したがって、耐性菌の保菌状況を説明するのに、陽性/陰性という2分法は適切ではない。どのような細菌をターゲットに、どのような感受性の検査を、どのタイミングでやって、その陽性なり陰性なりの結果が得られているのかを知ってようやく、「検査陽性/検査陰性」の意味を解釈する一応の準備ができる。「検査が陽性だ、陰性だ」と言うと一見“科学的”な語り口のようにも思えるかもしれないが、科学的事実のように語られていることの少なくない部分が、「何をどこまでやって」ということに大きく依存しているのだ

 この(神のみぞ知る)“事実”と(限りある人間による)“認知”の間にあるギャップが重要だ。人は、ある時には、目の前にある「見えている部分」だけを見ようとする。そしてまたある時には、目の前に「見えていない」ことをもって「ない」ことにする。他者によって、可視化された領域があろうとも、目の前に直ちに見えていないことをもって、その知見は自分たちには当てはまらない、と考える。これを、筆者は「俺たち例外主義」と呼んでいる。その基本原理は、従来のプラクティスの変更を必要としないように、見えない領域の解釈を行う、というものだ。

著者プロフィール

森井大一(もりい・だいいち)●大阪大学大学院医学系研究科博士課程。2005年3月大阪大学医学部卒業、同年4月国立病院機構呉医療センター、2010年大阪大学医学部附属病院感染制御部、2011年米Emory大学Rollins School of Public Health、2013年7月厚生労働省大臣官房国際課課長補佐、2014年4月厚生労働省医政局指導課・地域医療計画課課長補佐、2015年4月公立昭和病院感染症科を経て今に至る。2018年から阪大病院の感染制御部医員も兼務。

連載の紹介

森井大一の「医療と経済と行政の交差点」
救急医として医師のキャリアをスタートさせた後、感染制御に越境し、公衆衛生を学んだ上で、厚生官僚を経験。現在はノーベル賞受賞で話題の行動経済学を医療に応用すべく研究を進める筆者に、 医療と経済と行政が交わる地点に立って思いの丈を語っていただきます。

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