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 昨年末、学生時代の友人に会った。随分久しぶりに、相手から連絡があり会いに行った。再会の杯を上げ、しばらく思い出話に花を咲かせた後だった。友人は突然まじめな顔になり語った。「実は親父が肝臓癌なんだ。もう長くはない。先生からもうやることはないと言われた」という。突然の話に取りあえず「そうか」とだけ短く答えた。コップの酒を空け、今回の彼の誘いの理由はこれかと思い当たった私は、状況を尋ねた。

 彼の言うところによると、父親は長年C型肝炎を患い、75歳に発癌。当初は、経皮的ラジオ波焼灼療法(RFA)を数回行い、その後、経皮的エタノール注入療法(PEIT)、肝動脈化学塞栓療法(transcatheter arterial chemo- embolization: TACE)を行ってきた。しかし、80歳を超えた今年、TACEの効果がなくなったという。5cmの腫瘍が1個と3cmの腫瘍が2個残っているそうだ。そして彼の父親は医師からこう言われたそうだ。「5年間生存できたから平均的な結果です。もう平均寿命だからいいでしょう。症状もないしあとは自然にまかせたら」と。

 ふと気になって、分子標的治療薬ソラフェニブを使ったのか聞いてみた。すると「医者がね、親父に『つらい薬ですよ』と言ったそうなんだ。80歳を超えて症状もないのに、わざわざ副作用に耐えながら受けても数カ月生存期間が延びるだけで意味がないと」と彼は語り、ソラフェニブを使っていないことを明かした。「確かに症状もないし、副作用もあることも事実だけど、俺が愕然としたのは、その病院ではこれまでに1度しかソラフェニブを使った経験しかなく、しかも副作用コントロールができなかったらしい」と続けた。

 一瞬、絶句した私はどんな病院に行っているのか聞いてみた。すると、関東地方のある程度大きい市の市立病院だという。彼の言うところ、父親は元気なのに、もう手がないと告げられてからひどく塞ぎ込んだそうだ。長年見てもらった医師に感謝する気持ちはもちろんあるのだが、元気なのに手がない、平均寿命まで生きたからもういいではないかと言われたことが相当ショックだったらしい。どうやらソラフェニブをきちんと使える病院が知りたいと理解した私は、幾つかの病院を教え、さらに精神腫瘍科の存在を伝えてその日は彼と別れた。

肝臓癌に唯一有効性が証明されたソラフェニブ
 後日、友人から電話があり、彼の父親は別の病院できちんと副作用をコントロールされながらソラフェニブの投与を受けているという。腫瘍は病勢安定の状態で腫瘍マーカーは大きく改善しており、父親にも元気が戻ったという。

 今回の件で驚いた私は、複数の知り合いの医師などにソラフェニブの実際の使用状況を尋ねてみた。すると、少なくない病院で副作用管理ができず、ソラフェニブが投薬されていないということが分かった。市立病院クラスでは投与できないのも珍しくないという話も聞いた。肝臓癌に唯一有効性が証明されたソラフェニブだが、実際にはその恩恵を受けられていない患者はどうやら少なくないらしい。

 忙しい臨床現場で新たな薬が登場し、その副作用の管理の仕方を看護師、薬剤師も含めて共有し、実践していくことは大変なことだろう。しかし、今後はさらに多くの新規抗癌剤が出てくる。癌患者を診る病院では、複数の薬剤をきちんと使いこなし、生存期間を延長させることが求められる。しっかり抗癌剤を使える病院を見つけることが、癌患者にとって最大の作業となるようではあまりにも悲しい。
 

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