
ベサコリン散を調剤していたときに、胸ポケットに入れている院内PHSが鳴った。薬剤師の高城亜紀は右手にスパーテルと薬瓶を持ち替えて、左手でPHSを操作した。
「アッキー、ちょっと聞きたいんだけど、今大丈夫?」
「ええー……。内容によるけどいいよ」
電話の相手は同期入職の産婦人科医、佐々木茉莉だった。亜紀はPHSを顔で挟んで会話を続けつつ、手元では賦形に使う乳糖を量り取っている。
「青山さんって、昨日カイザー(帝王切開)した人なんだけど、パルタンが入力できないんだよね」
「えっ、何で?」
「そう、何で?」
お互いに同じようなセリフを発してから、うーん、と亜紀は唸った。まず、状況が分からない。
「ちょっと待ってね。青山さんだよね。昨日だったんだ」
「うん。青山さんはまだ先の予定だったんだけど、夜中に呼ばれてねー。それでなくても昨日カイザー多かったもんでしんどくてさぁー」
「それはお疲れ」
「何か疲れに効く薬ないんー?」
「ないよ。ビタメジンと十全大補でも飲んでみたら」
話しながらもゴリゴリと賦形していたベサコリン散を分包機にかけると、亜紀は電子カルテ端末で患者を呼び出した。
「それで、パルタンの錠剤?注射?」
「注射の方」
入力してみると、確かにエラーが出た。「禁忌薬が入力されています」と赤字で表示されている。だが、ざっと処方を確認しても、帝王切開のときにいつも使う薬が入力されているだけで、パルタンと禁忌になりそうな薬は見当たらない。
「ほんとだ……。ちょっと調べてみないと分かんないけど。急ぐ?」
「ううん、大丈夫。もう使っちゃった薬を後から入力しているだけだから。分かったら教えてね」
「了解でーす」
電話を切って、分包機が吐き出していたベサコリン散をまとめて監査台に渡すと、亜紀は再び電子カルテ端末に向かった。