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ブルガダ症候群の発症と「心臓Naチャネルの老化現象」

2017/04/03

 生まれつき持っている遺伝子異常が原因で起こる「遺伝子病」と呼ばれる疾患があります。その中には、生まれつき異常がはっきりしている先天性疾患と呼ばれるものがある一方で、一定の年齢にならないと病気の表現型が現れない晩発性の疾患もあります。ブルガダ症候群もその1つですが、壮年期に発症する理由として「心臓Naチャネル老化現象」があるのではないかとする論文が発表されました。

 医学部に入学したとき母に勧められた読んだ本に「1リットルの涙」というものがあります。脊髄小脳変性症の女子高生が、在学中にだんだんと症状を発症し学生生活がままならなくなるという、医学部1年生としては「医者になったらこんな患者さんと接していくことになるんだ」と、大きな不安を抱くとともにファイトをかきたてられる本でした。

 どうして遺伝子の異常は生まれつき持っているのに、表現型は一定の年齢にならないと生じないのでしょう?

 晩発性の疾患は神経疾患に多いのですが、筆者が専門の不整脈でも見られます。最も有名なのがブルガダ症候群です。ブルガダ症候群は従来ポックリ病とも呼ばれていました。夜間睡眠中に心室細動により突然死をすることを特徴とし、心電図の右側胸部誘導(V1~V3)で、QRS波とST部分の接合部(ここをJ点と呼びます)が優位のST上昇を認める疾患です。原因遺伝子として、約30%の症例で心臓のNaチャネルをコードする遺伝子SCN5Aに変異が見つかる遺伝性疾患です。

 なぜか30~40歳代の壮年期の男性に多く発症します。もともと遺伝子の異常を持っているのに、なぜ30歳代以降にならないと発症しないのかが、世界中の研究者の間でも大きな謎となっています。この疑問に対する答えを与えてくれるかもしれない論文がNature Medicine誌に発表されました。

論文
サーチュイン1は心臓Naチャネルを脱アセチル化することにより心臓電気活動を制御する
Sirtuin 1 regulates cardiac electrical activity by deacetylating the cardiac sodium channel
Vikram A, et al.
Nature Medicine 2017;23:361-7

 心臓のNaチャネルは、心臓の電気活動のもととなる活動電位を発生させる働きを持っています。その異常は、ブルガダ症候群をはじめ進行性心臓伝導ブロックや洞不全症候群など様々な疾患の原因となります。これらの3疾患はいずれも加齢とともに表現型が現れるという特徴を共有します。

 心臓のNaチャネルは、リン酸化をはじめとする様々なタンパク質修飾を受け、これがNaチャネルの機能に影響を与えます。これを「翻訳後修飾:post-translational modification」と呼びます。

 翻訳後修飾の1つにリジンなどの特定のアミノ酸にアセチル基がつくアセチル化があります。アセチル基をつける酵素をアセチル化酵素(acetylase)と呼び、アセチル化を取る酵素を脱アセチル化酵素(deacetylase)と呼びます。

 脱アセチル化酵素の代表がサーチュイン(sirtuin)と呼ばれる酵素です。サーチュイン酵素(Sir)は、長寿遺伝子として有名で関連した健康補助食品も販売されているくらいなので、聞いたことがある人も多いかもしれません。Sir遺伝子の1つSir-1遺伝子を欠損させたマウスはアルツハイマー病や筋委縮側索硬化症のモデルマウスとなっており、サーチュイン活性化物質(Sirtuin activator)はアルツハイマー病等の神経変性疾患だけでなく、循環器疾患でも動脈硬化、心不全などに効果があることも示されています。

 今回の論文で、心臓NaチャネルがSir-1により脱アセチル化されること、脱アセチル化されるとNaチャネル活性が増強することが報告されています(図1)。心臓Naチャネルの新しい翻訳後修飾メカニズムです。

著者プロフィール

古川哲史(東京医科歯科大学難治疾患研究所生体情報薬理学分野教授)ふるかわてつし氏。89年東京医科歯科大学大学院医学研究科博士課程修了。米国マイアミ心臓研究所、マイアミ大学留学を経て、94年東京医科歯科大学難治疾患研究所自律生理分野・助手。99年秋田大学医学部第一生理学講座・助教授、2003年4月より現職。

連載の紹介

古川哲史の「基礎と臨床の架け橋」
臨床医から基礎医学の研究に身を転じた古川哲史氏に、ワンランク上の臨床を実践するために知っておいた方がいい基礎知識を、論文トピックスを材料に解き明かしてもらいます。

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