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判決の読み方(3)―医師が医師を訴えたある裁判の判決文を素材に

2008/02/07

 前回に続き、判決文の読み方をレクチャーしてきます。「争点及び争点に対する当事者の主張」を基にして原告の主張、請求に対して、以下のような判断が下されました。

(2) 原告の主張の当否
以上認定の事実をもとに,本件皮下出血の原因について検討する。
原告は,被告Aが本件採血により動脈を損傷したか,静脈を必要以上に損傷したことにより本件皮下出血になったと主張する。
しかし,以下に説示のとおり,本件皮下出血の原因が,被告Aによる本件採血により動脈を損傷したことよること,又は静脈を必要以上に損傷したことによることを認めるに足りる的確な証拠はない。
ア 診断書の記載について
(ア)  たしかに,D病院のK医師が平成18年5月22日付け診断書で「左肘動脈穿刺の疑い」と診断していること(甲A3の1,乙A2),F皮ふ科のH医師が平成18年6月20日付け診断書中で「外傷性血腫」の根拠として「動脈損傷を伴っている疑いがもたれる」と記載していること(甲A3の3,乙A3),東京都老人医療センター整形外科のI医師が,平成18年6月15日付け診断書で「左上腕動脈損傷及び左肘から前腕部血腫疑い」と診断していること(乙A 5)が認められ,原告を診察した複数の医師が,本件皮下出血の原因として動脈損傷の可能性を疑っていることを指摘することができる。
(イ)  しかし,D病院での診断については,動脈穿刺の「疑い」とされているにとどまること,診療録(乙A2)では,動脈穿刺への言及はほとんどなく,11月28日の診療録では皮下出血のみ記載されていること(乙A2・5頁),動脈穿刺が疑われる根拠として,皮下出血斑の出ていた期間が1か月間であることが指摘されているが,診療録によれば,
12月12日には出血斑がかすかとされているのであるから(乙A2・6頁),皮下出血の期間においても,静脈穿刺による出血斑と有意な差があるとまで認められないことに照らし,動脈損傷があったことを認めるに足りる十分な証拠ということはできない。
(ウ)  つぎに,F皮ふ科の診断においても,H医師は,11月29日に診察しただけであって,診療録上も「動脈損傷の可能性もあり」とされるにとどまること(乙A3),また,半年後に作成した診断書でも「疑いがもたれる」という限度であるし,しかも,同診断書は,「通常の圧迫で容易に抑止できなかったとの問診及び紫斑の範囲が尋常ならざること」を根拠としているが,前記認定のとおり,「通常の圧迫」がなされたという前提に誤りがあるといえることに照らし,採用することができない。
(エ)  また,東京都老人医療センター整形外科の診断においても,「疑い」とされているにとどまること,動脈損傷の疑いについては,「採血時15分位止血にもかからわず肘屈側の腫れが進行している」事実を根拠とするところ,前記認定のとおり,かかる事実は認めることができないことに照らし,採用することができない。
(オ)  以上,いずれの診断書も,本件皮下出血の原因を動脈損傷と断定しているものではなく,原告の愁訴等を根拠に,動脈損傷の「疑い」があるとしているのであって,これらの診断書から,動脈損傷と認めることはできない。
イ 採血方法について
原告は,被告Aの採血方法に問題があり,その結果,動脈損傷,あるいは必要以上の静脈損傷による皮下出血を招いたと主張するので,この点につき検討する。
(ア)  採血台の角度について
被告A医師が,採血台につき,腕と直角に置いたことは争いがない。
そして,そのように置いて,肘部を真っ直ぐに伸展させた場合には,肘部をやや曲げていた場合に比し,肘動脈が浮き出る状態になりやすいことは確かである。
しかしながら,採血によって動脈損傷を生じるかどうかは,腕の角度,注射針の刺入部位,刺入角度等様々な要素によって決まるものであって,採血台の置き方と直接の関係があるわけではなく,採血台を腕と直角に置いたからといって,動脈損傷を生じたものと推認することはできない。
(イ)  刺入部位について
本件採血により注射針を穿刺した部位については,甲A2の2や乙A7の写真で示された,左腕の肘部やや尺側の部分であることは当事者間に争いがない。この穿刺部位がどの静脈であるかは争いがあり,原告は,尺側皮静脈であると主張する。しかし,静脈名について記載した甲B6号証によれば,上腕の尺側皮静脈は,肘部付近で末梢で小指側に走る尺側正中皮静脈(これは,末梢に行くと再び尺側皮静脈となる。)と末梢で橈側に走る肘正中皮静脈に分岐するところ,本件採血で穿刺した静脈の末梢は橈側に走っていることからすると,尺側皮静脈又は尺側正中皮静脈ではなく,むしろ尺側皮静脈と正中皮静脈の交通静脈と解される(乙A9・5頁,なお,原告も,甲B6では,「⑦尺側皮静脈」ではな
く「③尺側正中皮静脈」と考えているようである。)。そして,この穿刺部位の下には動脈が走っていると考えられる(甲B6)。
しかしながら,それは静脈から5mm又は1cm程度は離れているものと認められること(証人E反訳書3・9頁,原告反訳書5・16頁),被告Aは,本件採血時に,注射針を穿刺後約5mm程度しか進めていないと述べていること(被告A反訳書1・9頁),被告Aは,本件採血に先立ち,穿刺しようとする部位に触れて動脈の拍動があるかを確認したが,拍動を感じなかったこと(被告A反訳書4・13頁)に照らし,静脈から約5mmから1cm離れた場所にある動脈を損傷したものと解することは困難である。

著者プロフィール

竹中郁夫(もなみ法律事務所)●たけなか いくお氏。医師と弁護士双方の視点から、医療訴訟に取り組む。京大法学部、信州大医学部を卒業。1986年に診療所を開設後、97年に札幌市でもなみ法律事務所を開設。

連載の紹介

竹中郁夫の「時流を読む」
医療のリスクマネジメントを考えるには、医療制度などの変化に加え、その背景にある時代の流れを読むことも重要。医師であり弁護士の竹中氏が、医療問題に関する双方向的な意見交換の場としてブログをつづります。

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