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「ママのお腹の中に戻って女の子に生まれ直したい」と息子が言ったら

2018/01/23
緒方さやか

 長い付き合いになる、ごく親しい友人のAは、滅多に泣き言を言わない。格闘技が趣味で、片手でリンゴを握り潰せるほど握力が強い彼女は、文字通りパワフルな女性で、困ったことがあっても人に相談せずに何とかしてしまうタイプなのだ。 彼女は、物静かな優しい男性と結婚して、7歳と5歳の子どもをもうけ、コンサル業と母親業に邁進している。

 そんな彼女から数カ月前、珍しく弱り切った声で電話がかかってきた。5歳の息子の振る舞いに変化がでてきたことが、心配だという。

「いつも、ピンクの洋服や、スカートばかり履きたがるっていうのは、前にも言ったじゃない?」
「はあ。言ってたね。でも、そんなのは子どもの成長過程で普通のことだって、自分でも言ってたじゃない」
「うん。幼稚園でも、他に2人、スカートを履いている男の子がいたしね。全然気にしていなかったんだけど」

 彼女の住むコロラド州ボルダーは、サンフランシスコと似ていて、プログレッシブで、オープンな考えが好まれる地域だ。幼稚園の先生たちは、性別によるステレオタイプを子どもたちに押し付けないよう、細心の注意を払っている。「男の子は泣いちゃダメ」「可愛いね、女の子は」などの発言を言わないのはもちろん、そのような発言を避けるように親たちにも注意するくらいなのだ。

 社会的な女性差別や男性差別に縛られないようにして、個人の個性を育てよう、という配慮からだ。性別によるステレオタイプを押し付けられて、男の子が泣きたい時に泣けないようになったり、女の子が自らを抑制して大人しくなってしまわないように。これは先進的な考え方で、ノルウェーなどのスカンジナビアの国々ではさらに進んでいるとされる。だからコロラド州では、スカートを履く男の子や、怪獣とトラックばかりで遊ぶ女の子が何人もいたし、それを周りも暖かく受け入れていた。

「毎日スカート履いててもいいじゃない。何か問題があるの? いじめとか? 」
「うーん、そうじゃないんだけど、洋服だけじゃなくなってきたの」

 おままごと遊びで、常に女の子やお母さんの役をしたがるだけでなく、しゃべる言葉が増えるにつれ、だんだん、自分の意思を明確にし始めたらしい。自分の名前を、女の子風に変えて、みんなで新しい名前で呼んでもらうよう頼み始めたり、He(彼)じゃなくて、She(彼女)で呼んでほしいと言い始めたらしいのだ。

 と、同時に、生まれつき底抜けに明るく、どんな人にも話しかける性格だったのに、知らない人に話しかけるのを、物怖じするようになってきたという。本来の自分らしく振る舞うことが、社会的に、男の子として期待されている行動とは異なり、自分は「普通じゃない」と、どこかで息子さんが理解しているからだろう。明るかった息子の表情が、翳ることが多くなったのが、母親としてはたまらなく辛いそうだ。

 幸い、学校の先生たちは大変に理解があり、学校でのイジメも全くないという。来年入る小学校でも、先生たちがなんと全員”gender diversity training”を受けているそうだ。生まれ持った性と違う性を主張する幼い子どもたちを、どうやって尊重し、子ども同士のイジメを防止するかというトレーニングを、公立の小学校の先生方は受けることを義務付けられているというのだから、驚きだ。

 また、小学校に上がった子どもたちは、自分のことをHe、She、”Ze”の、どの代名詞で呼んでほしいか選択できるというから舌を巻いた。Zeとはgender non-confirmingの人たちの間で、HeやSheに代わって好んで使われる造語のこと。性別に関係なく、その人を指し示す言葉で、Zeの他にXeもある。カルフォルニア州もgender diversityの理解は進んでいる方だが、コロラド州はそれ以上と感じた。

「そこに住んでて良かったねえ。アラバマ州の田舎とかに住んでたら、大変だったよ」と私は、アラバマ州に失礼なことを言いつつ、彼女を慰めようとした。コロラド州のようなgender diversityに理解のある環境に入れればいいが、他のアメリカの州、いや、世界の各地では、息子さんを受け入れてくれる場所は、わずかである。

「確かにそうなのよ。gender non-confirmingの子どもが育つには、アメリカの中では一番良いくらいの場所にたまたま住んでて、幸運だったというのも、分かってるんだけどね」と、Aは電話で何度か目のため息をついた。

著者プロフィール

緒方さやか(婦人科・成人科NP)●おがた さやか氏。親の転勤で米国東海岸で育つ。2006年米国イェール大学看護大学院婦人科・成人科ナースプラクティショナー学科卒。現在、カリフォルニア州にあるカイザー病院の内分泌科で糖尿病の外来診察を行っている。

連載の紹介

緒方さやかの「米国NPの診察日記」
日本でも、ナースプラクティショナー(NP)導入に関する議論が始まった。NPとは何か?その仕事内容は?米国で現役NPとして働く緒方氏が、日常診療のエピソードなどを交えながら、NPの本当の姿を紹介します。

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