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「糸、結んでみたくない?」

2010/06/29

 「2カ月間という短い間でしたが、大変お世話になりました。病棟管理、検査、手術などいろいろと手ほどきをいただき、本当にありがとうございました」「何度か飲みに連れて行っていただき、仕事の相談に乗ってもらったおかげで何とか外科ローテーションを乗り切ることができました」

 ローテーション期間最後のカンファレンス。スタッフの前で、研修医が次々と挨拶をする。少々お疲れモードに見えるが、外科ローテーションを終えた安堵感も伝わってくる。今日の彼らは、研修医用オペ着の上に白衣をまとい、何だか、一人前の医師のよう。研修開始初日に、スーツ姿で緊張しながらあいさつしていたのが、つい昨日のことのように思える。

 うちの医局は伝統的に後輩の面倒見が良く、若手を連れて夕食に出かけるスタッフも多い。自分が飲みたいので、後輩に付き合ってもらっている…というのが真実かもしれないが。まあ、理由はともあれ、昔と違ってアルバイト禁止で経済的に余裕がない研修医にとっては、ただでおいしいご飯が食べられるのだから、悪い話ではない。日常診療ではなかなか聞けない、外科医の本音や診療の裏技などを知る良い機会にもなる。

 僕らにとっては「あっ!」という間の2カ月だったが、彼らにとってはどうだろう?恐らく、慣れる前に終わったという感じなのでは。「せめて3カ月あれば、手技的なことを含めもっといろいろ教えてあげられるのに」といつも思う。

 「ところで、将来何科に進むか決まっている人はいるの?」

 スタッフから、少々フライイング気味の質問が飛んだ。ほとんどの研修医はこの時期まだ進路を決めておらず、明言を避ける。あまり期待を持たす発言をして、後で希望科を変更すると逆に印象が悪くなると感じているらしい。

 ところが、1人例外がいた。「外科に決めました!」。3人のうちの1人が、2カ月間の勧誘(洗脳?)の成果か、少々疲れ気味の表情の中にも目を輝かせながら、元気に答えた。

結ばせてくれるなら、長時間の筋鉤だって我慢できる
 振り返ると、彼は外科的手技に対して興味津々だった。「腹壁の糸、結んでみる?」。胃がん手術の閉創時、視野確保のため3時間ほど筋鉤(組織を引っかけて牽引するのに用いる手術器具)を引いていた彼に声をかけた。閉創は通常腹壁(腹膜・白線)と皮膚の2層で行うが、腹壁の糸を緩ませずに結ぶのは、研修医にとっては少し難易度が高い。

 筋鉤引きは術者の視野確保のために行うもので、必ずしも、術野の隅々まで自分に見えるわけでもない。その上、長時間の単純作業だ。それでも、自分は研修医時代、そんな筋鉤引きがちょっと楽しみだった。 先輩の手さばきを見ながら手術を覚えられることも大きな魅力だったが、それより何より、手術の最後に糸結びをさせてもらいたかったからである。

 「はい!頑張ってみます!」。彼からは、待っていましたとばかりに元気な返事が戻ってきた。

著者プロフィール

緑山草太(ペーンネーム)●みどりやま そうた氏。東京の大学病院の上部消化管診療チーフ。1988年東京の医科大学卒。04〜09年大学病院医局長。09〜10年、本サイトでブログ「僕ら、中間管理職」を執筆。

連載の紹介

緑山草太の「がんばれ!ドジカワ研修医」
医局長を5年務めたベテラン消化器外科医の緑山氏が、日本医療の将来を担う若手医師へ贈る応援歌。ドジでカワイイ「ドジカワ研修医」への指導や、彼らとのコミュニケーションを通じて感じた様々な思いをつづります。

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