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感染症パニックをビジネスチャンスと捉えるメディア

2014/10/15

 私はここ30年来、自宅にテレビジョンの受像器を持ちあわせないので、「エボラウイルス感染症(EVD)流行がCIA(米国中央情報局)の陰謀である」とする評論家や、「いやCIAではなくFDA(米国食品医薬品局)と製薬企業の陰謀である」と、したり顔のニュースキャスターが反論する貴重な機会を見逃しました1)。ご覧になった皆さんは、彼らのリテラシー欠如を一笑に付して終わらせたのかもしれませんが、この手の陰謀論による医療破壊工作がリベリアやギニアでのEVD流行拡大につながったことや、先進国にもEVDが広がりつつある現状を考えると、またもやメディアがパニックを作り上げ、ビジネスチャンスとして利用しようと考えているように見えます。

 第三帝国総統として世界大戦を開始しホロコーストを実現させた人物も、政治活動を始めた当初は、ユダヤ人に対するヘイトスピーチを繰り返すしか能がない陳腐なデマゴーグ(扇動家)と思われていました。わが国が米国に戦争を仕掛けることになったのも、国民の命に対して責任ある人々が陰謀論をもてあそんだ結果です2)。上記のCIAの陰謀云々を、たかがチンピラ評論家の戯れ言と無視できないと私が思うのは次のような理由からです。

 「朝鮮人が井戸に毒を入れた」とのデマで一般市民による殺りくが起こった関東大震災の時に比べ、情報リテラシーを適切に保つ手法は格段に向上しているように見えますが、裏を返せば、デマを非常に効率よく広めやすくなったとも言えるでしょう。一旦EVDが侵入すれば、日本でもパニックによる医療破壊が起きる素地は整っている。そう私が恐れるのは、EVDよりもはるかに生命リスクの低い牛海綿状脳症(BSE、いわゆる狂牛病)の時でさえ、メディアが垂れ流すデマや陰謀論にあおられた市民が簡単にパニックに陥った“実績”があるからです3)

 あの時、「畜産・食肉輸入業者、官僚、御用学者たちの産官学合同チームが結託した陰謀により、日本でも何千何万という死者が出る!」と叫んで、農林水産省・厚生労働省・保健所、畜産農家、BSE研究者を盛んに攻撃した“告発者”たち。そんな彼らは、BSEが猖獗(しょうけつ)を極めていた時に英国に滞在し、潜在的な異常プリオン保因者となった私が、パニックの弊害3)を指摘するたびに、私に向かって散々罵声を浴びせました。しかし、今や何の声も聞こえてきません。もちろん当時の番組や記事の検証など一切行われていません。彼らは例のごとくお得意の“記銘力障害”を発揮して、全く別のデマを売って歩いているのです。そんな彼らがパニックをあおった日本での犠牲者と言えば、BSEが発生したと報道された農家や、目視検査をした女性獣医師など5人の自殺者であって、BSE感染患者は一人も出ませんでした4)

著者プロフィール

池田正行(高松少年鑑別所 法務技官・矯正医官)●いけだまさゆき氏。1982年東京医科歯科大学卒。国立精神・神経センター神経研究所、英グラスゴー大ウェルカム研究所、PMDA(医薬品医療機器総合機構)などを経て、13年4月より現職。

連載の紹介

池田正行の「氾濫する思考停止のワナ」
神経内科医を表看板としつつも、基礎研究、総合内科医、病理解剖医、PMDA審査員などさまざまな角度から医療に接してきた「マッシー池田」氏。そんな池田氏が、物事の見え方は見る角度で変わることを示していきます。

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