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医療者も注目したい「家族農業の10年」

2019/01/31

 国連が今年2019年から2028年までを「家族農業の10年」と位置づけ、昨年暮れの国連総会で権利宣言を決議したことをご存じだろうか。日々、診療、診療で追いたてられている医療者で「家族農業の10年」を知っている人は少ないかもしれない。

 しかし、この国連決議の背景には、人類生存にもかかわる日々の食べ物の確保、土壌保全の問題が潜んでいる。「農民とともに」を標榜し、信州の山間地域で保健医療に取り組んできた私たちにとって「家族農業の10年」は他人事ではない。今回は人々の健康を根幹で支える農業について触れてみたい。

 家族農業は、字義どおり農場の運営、管理の大部分を一戸の家族で営む形態を指す。では、国連がわざわざ家族農業をクローズアップし、10年間、全世界的に支援、育成する方針を掲げたのはなぜか。

 実は、世界全体を見渡しても農業の主な担い手は、地場に根づいて生きてきた家族たちだ。驚くなかれ、世界の食料生産額の8割以上は家族農業によるものだ。発展途上国、先進国ともに農業経営体のほとんどを家族農業が占めている。

 例えば、日本の農業経営体138万のうち家族経営は134万、全体の98%を占める。家族経営が占める割合はEUでも96%、米国では98%超となっている。これほど家族経営の比率が高いのは、食料生産がそもそも土地に根づいた営みであるとともに、伝統や文化の継承、環境や生物多様性の保全、地域ネットワークでの雇用創出など、大きな役割を担っているからにほかならない。家族農業は「食料安全保障」の基盤なのである。

 一方で、食料は国際的に流通する「商品」でもあって、市場経済の中で価格競争にさらされている。低コストで生産するための大規模化が進み、先進国の大企業が種子を握り、途上国の農業の姿を激変させてきた。商品作物の導入で、多様性の宝庫であった森林がモノカルチャーの農園に変貌し、野生動物はすみかを追われて激減。環境破壊や地域文化の断絶、在来種の根絶という負の側面も拡大している。今も世界では8.2億人が飢餓に苦しみ、極端な貧困層の8割近くが農村地域で暮らし、細々と農業を営む。家族農業は、市場原理至上主義による格差を押しつけられ、青息吐息だ。

著者プロフィール

色平哲郎(JA長野厚生連・佐久総合病院 地域医療部 地域ケア科医長)●いろひら てつろう氏。東大理科1類を中退し世界を放浪後、京大医学部入学。1998年から2008年まで南相木村国保直営診療所長。08年から現職。

連載の紹介

色平哲郎の「医のふるさと」
今の医療はどこかおかしい。そもそも医療とは何か? 医者とは何? 世界を放浪後、故若月俊一氏に憧れ佐久総合病院の門を叩き、地域医療を実践する異色の医者が、信州の奥山から「医の原点」を問いかけます。

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