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パンデミックに挑む

H5N1/H1N1ハイブリッドウイルス誕生の要点とその意義

 ヒトから分離した鳥インフルエンザH5N1型ウイルスとヒトH1N1pdm2009型ウイルスのハイブリッドウイルスを作製しフェレットに感染させたところ、空気感染するウイルスが出現したことが報告された。東京大学医科学研究所河岡義裕氏らの研究成果で、この5月にNature誌のオンライン版に掲載された。論文の全公開までには、テロに悪用されるなどとする一部の杞憂から紆余曲折があったのは記憶に新しい。だが、H5N1型ウイルスのヘマグルチニン(HA)を持つハイブリッドウイルスが空気感染することを実証した意義は、決して色褪せることはなかった。

 まず、今回フェレット間で空気感染することが確認されたH5N1/H1N1ハイブリッドウイルスは、フェレットに対して強い病原性を示さず、むしろ2009年に出現したH1N1pdmのフェレットに対する病原性よりも弱かったことが確認されている。WHOが集約している鳥インフルエンザH5N1ウイルスのヒト感染例では、累積致死率が60%ほどとなっている。今回の研究では、高い致死率を保ったまま空気感染するウイルスができたということではなかった。この事実を確認しておきたい。

 以下、河岡氏らの論文の要点を抜き出してみた。

 最大の成果は、鳥インフルエンザH5N1型ウイルスのHA)を持つH5N1/H1N1ハイブリッドウイルスがフェレットで空気感染したという実験結果だ。

 インフルエンザウイルスの遺伝子は8本のRNA分節で構成されている。今回実験に使われたH5N1/H1N1ハイブリッドウイルスは、HAを規定しているHA分節だけがH5N1由来で、ほかはH1N1pdm09由来のウイルスだった。HAは気道上皮細胞の表面にあるシアル酸レセプターに結合する。これによりウイルスは細胞内へ侵入することができるわけで、ウイルスにとってHAはとても重要な役割を持っている。

 なぜ、HAだけをH5N1由来としたのか――。それは、鳥インフルエンザH5N1ウイルスがヒト化する過程で、ヒトのレセプター(α2,6)を認識するウイルスが出現するという仮説があるからだ。現在、世界で散発的に発生している鳥インフルエンザH5N1ウイルスのヒト感染例では、ヒトの肺胞など下気道領域に鳥のレセプター(α2,3)が分布しているため感染が成立している。しかし、上気道には鳥レセプターは存在しないためヒト-ヒト感染を容易には引き起こさないと考えられている。

 河岡氏らは、ヒトのレセプターを認識するH5N1型のHAを作製するため、ヒト感染例から分離したH5N1型ウイルスのHAにランダムに変異を起こして変異HAライブラリーを構築した。その上で、ヒト組織との結合試験をしたところ、ヒトレセプターに結合するHAを持つH5N1型ウイルスが見つかった。つまり、ランダムな変異によって、H5N1型のHAはヒトレセプターを認識するように変化しうることを実証したのだ。

 次のステップは、ヒトレセプターを認識するHAを持つH5N1型ウイルスが動物で空気感染を起こすかどうかを検証することだった。

 これまでに研究グループは、鳥インフルエンザH5N1ウイルスのヒト感染例が特に目立つインドネシアで、ブタからH5N1ウイルスが見つかったことを報告している。また、分離株の1つはヒトレセプターを認識する能力を獲得していたことも確認している。ただし、ヒトレセプターと結合するウイルスがヒト-ヒト感染を容易に起こすような事態は確認されていない。つまり、ヒトレセプターと結合するだけでは、空気感染を起こすようにはならないのではとの推測が成り立っていた。

 一方、最近の報告では、H5N1型ウイルスとH1N1pdm09ウイルスが遺伝的に適合性が高いこと、またそれぞれのウイルスはブタから分離されていることが明らかになっている。ブタの体内では、鳥型、ブタ型、ヒト型のそれぞれのインフルエンザウイルスが出会う可能性があり、いわゆる遺伝子の再集合が起こりうると考えられる。その結果、遺伝子の組み合わせによっては、新たなヒト-ヒト感染を引き起こすウイルスが出現しうる。

 そこで著者らは、H5N1型ウイルスとH1N1pdm09ウイルスの遺伝子再集合を想定。遺伝子の8分節のうち、HA分節が前述したヒトレセプターを認識するように変化したH5N1型由来のHA遺伝子で、他の7分節がH1N1pdm09由来の遺伝子で構成されるハイブリッドウイルスを作製した。

 このH5N1/H1N1ハイブリッドウイルスを、ヒトに近い状態を再現できるフェレットに感染させる実験を行った。この際、感染させたフェレットは全匹生存することが確認された。河岡氏らがかつて行った研究において、スペイン・インフルエンザウイルスの感染実験でサルが次々に死亡した状況とはまったく異なっていた。

 実験では、感染を繰り返す段階でH5N1型由来HAに新たな変異のあるウイルスが見つかった。これを再びフェレットに感染させたところ、フェレットからフェレットへ空気感染するウイルスを分離することができたのだという。

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