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Anti Thrombotic Therapy.2016

日本人の死因としては悪性腫瘍がトップだが、有病率では脳卒中が1位を占めている
富山大学附属病院 神経内科教授 田中耕太郎氏 

2010/12/01

富山大学附属病院神経内科の田中耕太郎氏

 現在、脳卒中治療に関する抗血小板療法において、出血性合併症を抑制することの重要性が問われている。そこで、ベネフィットとリスクを考慮した抗血小板療法の実際について、富山大学附属病院神経内科教授の田中耕太郎氏にうかがった(日経メディカル別冊)。

■ 日本人の脳卒中に占める脳出血の割合は欧米人の約3倍

 日本人の脳卒中死亡率は、1970年代を境に急激に低下し、現在では、悪性腫瘍、心疾患に続いて3番目になっています。しかし、疾患が社会に与える影響は死亡率だけでは測れず、重要な点は、脳卒中による後遺症を抱えた患者さんが非常に多いことです。実際に有病率でみると、脳卒中は依然として悪性腫瘍よりも高く、第1位を占めています。つまり、脳卒中急性期の治療が進歩することで死亡率は低下したものの、一方で、後遺症によって介護を必要としている方、あるいは長期入院や外来通院をしている方が非常に多く、これが大きな社会的問題になっているのです。

 脳卒中を病型別にみると、欧米諸国に比して本邦では脳出血の割合が高いことが特徴です。フランス、オーストラリア、イタリア、米国などでは、脳卒中に占める脳出血の割合は9~11%ですが、本邦では約3倍の28%というデータがあります。また、脳卒中の予後をみると急性期の死亡率が最も高いのはクモ膜下出血です。

 これまで、脳梗塞の再発率を病型別に検討したデータは少ないのですが、本邦の脳梗塞症例を対象にシロスタゾールの有効性を検討したCSPS (Cilostazol Stroke Prevention Study)のプラセボ群のデータをみると、脳梗塞の年間再発率は、ラクナ梗塞5.25%に対して、アテローム血栓性脳梗塞では10.58%と、約2倍でした。したがって、自然経過でみると、脳梗塞の再発率はアテローム血栓性脳梗塞の方がラクナ梗塞よりも高いと考えられます。

■ 出血性脳卒中のリスクが高いラクナ梗塞

 また、脳梗塞慢性期における抗血小板療法実施時の脳出血発症率を、病型別に検討した報告も少ないのが現状です。そこで、2010年に発表されたCSPS IIにおけるアスピリン群のデータを解析すると、脳出血の年間発症率は、アテローム血栓性脳梗塞では0.59%、ラクナ梗塞では1.20%でした。つまり、アテローム血栓性脳梗塞に比べて、ラクナ梗塞は約2倍の出血性脳卒中のリスクがあると言えます。ラクナ梗塞は穿通枝領域の病変で、この領域は脳出血の好発部位でもありますので、ラクナ梗塞における脳出血リスクは、他の病型に比べて高くなるのだと思われます。

 従来から、日本人の穿通枝動脈には構造的な脆弱性があることが指摘されていましたが、高血圧治療の進歩によって脳出血の割合は少なくなっています。しかし、食生活の欧米化などによって、アテローム血栓性病変を基盤としたラクナ梗塞を発症するケースが増えているため、ラクナ梗塞は依然として脳梗塞全体の中で一定の割合を占めているのです。
 
 ラクナ梗塞に合併する脳出血には、微小出血巣(マイクロブリーズ)の関与が示唆されます。実際、ラクナ梗塞患者では、MRIのT2*で多くのマイクロブリーズが検出されます。穿通枝動脈が高血圧に長期間晒されると、細小動脈硬化によって血管が閉塞し、脳梗塞の症状が現れる場合が多いのですが、一方で微小動脈瘤が形成され、そこから小出血が起こるとT2*ではマイクロブリーズとして検出されます。

 マイクロブリーズは直径1mm以下の小さな出血斑で、無症候性の場合が多いのですが、抗血小板薬の投与によって大きな出血を起こすことがあり、こうしたラクナ梗塞に合併する脳出血は、時に致死的になるケースがあるため、われわれはラクナ梗塞の患者さんの治療には非常に注意しています。

 また、脳梗塞を起こした患者さんを10年間フォローした、秋田県立脳血管研究センターのデータによると、再発した脳卒中の84%が脳梗塞ですから、16%は脳出血を起こしていることになります。つまり、脳梗塞患者の再発抑制治療においては、脳出血にも注意が必要なのです。

■ 脳梗塞再発抑制における抗血小板療法のベネフィットとリスク

 脳梗塞の再発抑制を目的とした抗血小板療法において、最も古くから使われ、国際的なエビデンスが豊富な薬剤はアスピリンです。しかし一方で、アスピリンによる治療は出血性合併症、特に脳出血を起こすことが問題となっています。
 
 言うまでもなく、脳梗塞を起こした患者さんのトータルベネフィットは、脳梗塞の再発抑制だけでなく、脳出血の発症も抑制することです。例えば、脳梗塞症例1000人の自然経過を5年間フォローした場合、80人が脳梗塞を再発し、20人が脳出血を発症したと仮定しますと、5年間で100人が脳卒中を起こすことになります。そこで、この1000人に対して抗血小板療法を行い、抗血小板薬Aは、年間で、脳梗塞の再発を30人に抑制しましたが、脳出血の発症が60人に増え、合計で90人が脳卒中を起こすことになります。この場合、自然経過に比し、脳卒中の抑制はわずか10人となり、患者さんにとってのトータルベネフィットは少ないと言えます。一方、抗血小板薬Bは、脳梗塞の再発抑制はAと同じですが、脳出血の発症が自然経過同様20人に抑えることができ、脳卒中の発症は50人となり、自然経過と比べて、かなりトータルベネフィットがあると言えます(図1)。つまり、理想的な抗血小板薬とは、従来と同等の脳梗塞再発抑制効果をもちつつ、脳出血を増やさない、むしろ減らすぐらい安全な薬剤と言えます。

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