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終戦から71年、人間という動物について考えた

2016/08/18
山中克郎(諏訪中央病院総合診療科)

 ジャレド・ダイアモンド『若い読者のための第三のチンパンジー: 人間という動物の進化と未来』は、過去における人類の過ちから何を学び、これからの社会をより良いものとするにはどうすべきか考えさせられる本である。ダイアモンドは大陸ごとに異なる人類の発展について解説した世界的ベストセラー『銃・病原菌・鉄』の著者としてもよく知られている。

 チンパンジーは人間に最も近い生物と考えられ、人間とチンパンジー(コモンチンパンジーとボノボ)との遺伝子の違いは1.6%にすぎない。遺伝子の98%以上が共有されていることは驚くべきことである。ヒトの祖先は700万年前にチンパンジーから分かれ、第三のチンパンジーとして独自の進化を遂げてきた。類人猿との相違は、ヒトは言葉を用いてコミュニケーションを図り、芸術を楽しんだり、複雑な道具を作ったりすることである。衣服を着るのも人間だけに見られる特徴だ。ヒトはどのようにして、これらの能力を獲得したのだろう。

 アフリカで我々の祖先が稚拙な石器を使うようになったのは250万年前である。肉と植物を食べ道具を使うことができたホモ・エレクトゥスは他の先行人類との競争に勝ち残り、50万年前までにホモ・サピエンスと進化した。10万年前、ホモ・サピエンスは3種の人類集団へと分岐していく。ヨーロッパと西アジアにネアンデルタール人、アフリカに現代人へ進化する現生人類、東アジアに「謎のアジア人」と呼ばれる人たちが生息していた。ネアンデルタール人は現生人類よりも大きな脳を持ち、眉の下の骨は大きく隆起し、鼻と下顎は前に突き出していた。火を使っていたが、高度な技術や芸術とは無縁だった。

 6万年前、アフリカや中東方面からヨーロッパに侵入した現生人類(クロマニヨン人)がネアンデルタール人を絶滅させたと思われる。クロマニヨン人は針、釣り針、臼(うす)と杵(きね)、返しのついたモリ、弓矢など特殊な道具を用途に合わせて使い分けていた。すなわち新たにものを生み出す能力「革新性(イノベーション)」を持っていた。そして、言語能力を獲得したことにより、大躍進が起きた。言葉により正確に互いの意思を伝え合うことができる。仲間で計画を練ったり、双方で教え合ったり、他人がほかの場所や過去に経験したことでも、そこから何かを学び取ることができるようになった。1万7000万年前の氷河期終わりに生きた人たちによって書かれた絵が、南フランスのラスコー洞窟で4人の少年たちによって発見された。そこには馬、野牛、鹿などが様々な色で鮮やかに描かれている。クロマニヨン人たちが芸術と美に対するセンスも持ち合わせていたことを証明している。

 人間の性行動は風変わりである。他の哺乳類では、性行為はメスが発情期を迎えているときに限られている。発情期になるまで、メスは決してオスと交尾しない。排卵を迎えると、その事実をオスに宣伝するために行動で示し見た目にも変化が生じてくる。妊娠とは無関係に性行動を行う種など、ヒトをおいて他には存在しない。集団で生活する動物はグループの仲間がいる目の前で交尾する。ヒトの場合、セックスは人目から隠れてする。このユニークな性行動にどのような意味があるのだろう。

 自分と同じ種の仲間や他の種を大量に殺害することも人間の特質である。人類の歴史を通じ、自分たちよりも技術的に劣る人間を発見した探検隊は、相手を撃ち殺すか、新しい病気を持ち込んで命を奪うなどにより、その領地を略奪し破壊してきた。人類全てを一夜にして抹殺する数の核兵器を私達はいま持っている。

 宇宙探査機と電波信号を用いて、地球以外に生息する知的な生き物を見つけようと試みられている。しかし、現在のところ宇宙に我々以外の知的生物が存在するという証明は得られていない。知性に富んだ生命体が発生することは極めてまれで、自己破壊により技術文明は永続しないことを示しているのかもしれない。

 1万年前に最終氷河期が終わった。農業が始まり、文明は発展のスピードを速める。木の実を探し野生動物を追いかけて移動するより、一カ所に定住し少ない労働で多くの食べ物を得ることができる農業は効率的な方法だった。食料の生産量は飛躍的に増え、より多くの人間を養うことができるようになった。しかし、人口の密集は疾病を引き起こし、階級間に不平等を生み、強権的な支配者による専制という害をもたらした。人類の発展を1時間を10万年の時を表す24時間の時計で置き換えると、私達は日暮れまでのほとんどの時間を狩猟採集民として生きてきた。そして、午後11時54分、ついに農業を採用した。

 羊、ヤギ、豚、牛、馬などの野生動物の家畜化にも成功した。家畜は食べ物、動力、衣服を人間に供給した。軍事的価値という点で抜きん出ていたのが馬であった。二輪の戦闘用馬車は古代の戦場における無敵の戦車だった。

 環境の破壊は人類を破滅に導く。南米チリの西方3700kmの太平洋上に浮かぶイースター島では、西暦400年ごろにポリネシア人が入植した時、島は森林でおおわれていた。島民は火山性の岩石を切り出し、約1000体の石像を作り出した。重さ85トン、高さ11mにも達するものもある。木材や菜園を作るため、森林は徐々に切り開かれていった。島の人口は7000人まで増えたが、森林は荒廃し全ての木がなくなった。森林崩壊により肥沃な土が海に流れ出し、土地は痩せ衰えて飢餓をもたらした。戦争により島の社会は崩壊し、敵対する部族は互いに相手の巨像を引き倒したとされる。

 日本は75年前に第二次世界大戦という不幸な歴史を体験している。他民族と友好関係を築くには、多様な価値観が存在することを認め、交流を通じて相手の考えを理解することが大切である。地球の温暖化や環境汚染も、早急に取り組むべき重大な問題である。過去における人類の歴史から真摯に学ぼうとすれば、ヒトの将来はより明るいものになるだろう。

著者プロフィール

山中克郎(諏訪中央病院院長補佐)●やまなか かつお氏。1985年名古屋大卒。米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)一般内科、名古屋医療センター総合診療科、藤田保健衛生大学救急総合内科などを経て、2014年12月から現職。

連載の紹介

山中克郎の「八ヶ岳から吹く風」
総合診療医として唯一やり残したと感じる「地域医療」に取り組むため、諏訪中央病院に移った山中氏。「地域医療」や「地域での教育」によって日本の医療に貢献するという新たなチャレンジの日々を、八ヶ岳山麓で見つけた自然や人々との関わりとともに綴る。

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