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僕が大学教授を辞めた本当の理由

2015/01/15
山中克郎

 朝4時にけたたましく目覚ましが鳴る。一大決心をして布団から上半身だけ抜け出し、手を伸ばしてガス温風ヒーターのスイッチを付ける。そしてヤドカリのように、ぬくぬくとした布団の中にもう一度潜り込みしばらくじっとしている。外はマイナス10℃、アパートの室温は5℃。しばらくすると室温が少し上昇し起き上がる気力が湧いてくる。再び目覚ましアラーム音が部屋に響き渡る。

 ユニクロの極暖ヒートテックは優れものだ。フリース部屋着の下に長袖上下のヒートテックを身に付ける。さらに5本の指が出る手袋とネックウォーマーで身を固め、コーヒーを入れる。コーヒーには誰しもこだわりがあるようだ。職場で一緒に働く後期研修医の森永康平氏の勧めで電動コーヒーミルを購入した。コーヒー通の森永氏の解釈では、コーヒーを飲む直前に挽く方が断然風味が良いらしい。妻はコーヒーの粉は山のように盛り上げたまま、最初に15秒くらい蒸らすのが良いという。そんな2人の横顔を思い出しつつ、細かい泡をつくりながら静かに湯を注ぐ。

 コーヒーを飲みながら前日の診療で疑問に思ったことを調べる。そしてNEJM(the New England Journal of Medicine)誌を読むのが日課だ。診断学に興味があるので、症例検討(case record)やclinical problem-solving、総説(review article)を中心に読んでいる。朝方の私にとっては、出勤前のこの時間が最も集中できるひとときだ。

 平成26年11月末日に8年間勤務した名古屋近郊の藤田保健衛生大学病院を辞めて、12月1日から八ヶ岳の麓にある諏訪中央病院で働き始めた。大学病院は1500床を有する大病院であったが、この病院は療養病床を含めて360床である。もちろん全ての科の専門医はいない。「全科の医師が力を合わせて、できるだけ多くの患者さんのニーズに応える」――そんなスタイルである。

 私は臨床の現場が好きだ。55歳という年齢を考えると、第一線でバリバリと活躍できるのは、あと10年間かもしれない。病棟総合診療、救急医療、外来診療という3つの分野は、この15年間に勤務した国立病院と大学病院で行ってきたが、もう一つの大切な総合診療領域である「地域医療」だけはまだ経験していなかった。地域医療の充実に、医師として残りの人生をかけ取り組みたいと思った。急速な高齢化、医師不足のために「地域医療」や「地域での医学教育」は日本の重要な課題となっている。患者さんや家族の苦しみに近い距離から寄り添い、臨床能力の向上を目指し医学を学び続けていきたいとも思う。

 そして、死ぬ最後の瞬間まで臨床医でいたい。

著者プロフィール

山中克郎(諏訪中央病院院長補佐)●やまなか かつお氏。1985年名古屋大卒。米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)一般内科、名古屋医療センター総合診療科、藤田保健衛生大学救急総合内科などを経て、2014年12月から現職。

連載の紹介

山中克郎の「八ヶ岳から吹く風」
総合診療医として唯一やり残したと感じる「地域医療」に取り組むため、諏訪中央病院に移った山中氏。「地域医療」や「地域での教育」によって日本の医療に貢献するという新たなチャレンジの日々を、八ヶ岳山麓で見つけた自然や人々との関わりとともに綴る。

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