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僻地・離島の「断れない医療」の現実

2015/05/28
薬師寺泰匡

 徳洲会病院グループは僻地・離島医療にも力を入れています。「断らない医療」を目標に日々救急医療に従事していますが、島は「断らない医療」ではありません。「断れない医療」がそこにはあります。

離島の研修医を勇気付ける勉強会
 僕は初期研修の時に屋久島の病院に勤務しましたが、屋久島には病院が1つしかないので救急車の行き先は1つしかありません。急性期治療から慢性期まで、救急医から家庭医までの役割を担う必要も出てきます。必然的に最後の砦になってしまうプレッシャーはかなり強く、なんとかしなくては、なんとかしたいという強い気持ちが出てきます。そういうこともあり、当グループで初期臨床研修をする場合、必ず僻地や離島の病院での研修が義務付けられています。

 もちろん、いきなり僻地や離島の小さい診療所に研修医を1人送り込んで、「はい頑張って来てね☆」ではもちろん教育的ではありませんし、自然と何かができるわけはないので、そこはバックアップがしっかりしています。僻地や離島とはいえ、しっかりした病院がありますし、医療資源もある程度整っており、非常勤ではありますが各科専門医が応援に駆けつけます。

 ただしある程度の規模の医療機関で診療できるとはいえ、元の研修病院から離れて島の病院で働くのは心細いし、不安も大きいものです。他の島ではどんな医療が行われているのか、どんな研修をしているのかなども気になります。

 そこで、鹿児島の奄美大島周辺の島にある研修病院では、2カ月に1回の研修医勉強会が開催されています。この度、その勉強会に参加してきたのでちょっとだけ報告します。

救急の道に進む決意のきっかけとなった離島勤務
 奄美大島へは大阪国際空港伊丹から直通便が出ています。1時間半弱で奄美に飛べるので意外と近いのです。空港から病院までは少し離れますが、勉強会会場は奄美大島の名瀬徳洲会病院。この勉強会、なんと今回で50回目だそうです。この歴史が、勉強会のNeedsと質の高さを物語っています。勉強会には各地で研修する研修医と、後期研修医、様々な診療科のスタッフが集まり、研修医の発表に対して議論を深めます。離島ならではの悩みや症例を紹介し、共有することで日々の僻地離島診療がさらに充実させようという趣旨です。

 冒頭にも書きましたが、基本的に離島の医療は「断れない医療」です(本来どこでもそのはずじゃないかと言われたらもちろんその通りですし、反論の余地はありませんが、実情はそうなっていないのが日本社会だと思います)。僕が屋久島にいたときも、橋から転落した重症患者さんが搬送されてきたり、乗用車の正面衝突で多数の負傷者が発生したりと、厳しい局面を迎えることがありました。そんな環境でも適切に対応できるだけの知識と技能がほしいと思ったことが、救急の道に進もうと確固たる決意を固める機会となりました。

 日本が抱える医療格差や僻地離島の問題を目の当たりにし、毎日をその環境で過ごすのは、人生を変えるほどの衝撃がありますし、それだけやりがいもあります。知り合いの何人かの医師がそんな離島医療に惹かれ、現在離島に移り住んで医療を行っています。僕にはずっと島に住むという根性がなかったので、実際に今離島で医療に携わる方々には頭が上がりません。

著者プロフィール

薬師寺泰匡(薬師寺慈恵病院)●やくしじひろまさ氏。富山大学卒。岸和田徳洲会病院(岸徳)での初期研修を経て救急医療の面白さに目覚め、福岡徳洲会病院ERで年間1万件を超える救急車の対応に勤しむ。2013年から岸徳の救命救急センターで集中治療にも触れ、2020年からいきなり管理職。地方二次救急病院で診療しながら、岡山大学の高度救命救急センターでますます救急にのめり込んでいる。

連載の紹介

薬師寺泰匡の「だから救急はおもしろいんよ」
ER×ICUで1人盛り上がる救急医。愉快な仲間達と日本一明るい救命センターを目指して日々奮闘し、「ER診療の楽しさ」の伝承にも力を入れています。出会った患者のエピソードや面白かったエビデンス、ERを離れた救急医の日常までを綴ります。

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