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私の「医のふるさと」

2019/05/15
テクノ アサヤマ(緩和ケア医)

 「アサヤマさんは、哲学病だよね」

 眉毛を半分剃って、紺色のパーカーを着ていた女子高生が私にそう言った。


 この世の真理を知りたい。


 高校生の頃から今までずっと、一瞬たりともそう思わないことはなかった。そんな夢見がちなことにとらわれ続けている私が、なぜ医者になったのか。それは、救いたい人がいたからだ。私を医者にした、ひとりの女子高生の話をしたいと思う。

 彼女はいきなり片眉を剃り落として学校に来たり、お弁当が食パン一斤とハバネロのみだったりするアバンギャルドな女子高生だった。絵が上手で、辞書の端には大作のパラパラ漫画を制作し、国語の教科書の作者近影には壮大な落書きを施していた。音楽はヘヴィメタルとハードロックが好きで、私は彼女とCDの貸し借りをするうちに仲良くなった。「ニルヴァーナっていいよね!」「ブラックサバスはどう?」というような会話をしながら、二人で体育の授業をさぼって、マンガを描きながら大笑いした。ソフトクリームが熊の顔の形になるように器用に舐めたり、楽器屋さんでギターの速弾きの教本を覗いたりするのが、私達の十六の夏だった。

 その頃、私は理系クラスに属していて、進路について考える時期にいた。私は理学部数学科に入って、数学者になりたかった。その頃の私には寝ても覚めても考え続ける問いがあった。

 私は、この人生で何がしたい?

 飛行機や車は好きだったが、乗り物を作る人になるというのはピンと来なかった。建物を建てたり、物を作ったりすることには食指が動かなかった。目に見える実体的なもののことについて考えると、ある言葉がいつも脳裏に浮かぶのだ。

 「どうせ死んでしまうのに」。

 せいぜい長くて百年で私は死んでしまう。今、この世にいる生き物は百年経てば大半が、二百年経てば全員が死んでいる。車を作っても、建物を建てても、一万年経てば跡形もない。一億年経てば人類は滅亡しているかもしれない。そして地球だっていずれは無くなってしまう。人類や目に見える文明や地球なんて、どうせ滅んでしまうのだ。そんな仮初めのものに、一度しかない自分の人生を使うことは、ひどくくだらなく思えていた。

 私もみんなも、どうせ死んでしまう。千年、一万年、一億年経って、自分が生きていた証拠など何もなくなってしまうことは、耐えられないほど虚しかった。自分がこの世に存在していた証拠を、どれだけ時間が経とうとも永遠に消えないものとして残したかった。

 政治も経済も、思い込みだと思っていた。お金や、法律、そんなものは「こういう共通の認識があれば都合よく世界が回るから、こういうお約束にしておきましょうね」という仮初めの物語であり、私にとっては根拠がひどく薄弱なものだった。人類が滅んだら無くなってしまう程度のものに、一度しかない私の人生を費やしてなるものかと思った。

 はるか過去から未来永劫まで、この星や銀河や宇宙を超えて、この世を貫き万物の根拠となっている揺るぎようのない真理に触れ、できることならそこに自らの痕跡を残したかった。

 そんな私にとっては数学こそが本物の真理だった。人類が滅んでも、地球が滅亡しても、宇宙が爆発して無くなっても、1+1=2だし、そこから広がっていく数学の世界はいつでもどこにでも存在している、普遍的で確固たる真理だ。だから、私は数学者を目指していた。

著者プロフィール

緩和ケア医。「生と死を見つめる」をライフワークに、僻地に緩和ケアを導入するためIターン。音楽と読書が欠かせない生活。愛車はワーゲン。ペンネームの由来は、Daft Punkの名曲「TECHNOLOGIC」。Twitterは@technoasym

連載の紹介

テクノ アサヤマの「今日がいちばんいい日」
緩和ケア医・テクノアサヤマが僻地にやってきた!僻地医療、それは日本の中の異文化交流。違う人間である「わたし」と「あなた」はどうやって生きていけばいい?悩めるあなたとわたしのストーリー。

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