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「セントラル・ドグマ」に魅了されて

 先日、一般市民向けにワクチンの講演を行った。視聴者の関心が最も高いのは「コロナワクチンは打つべきか」だろうが(しかし、前回のコラムで述べたようにその後寄せられた質問はHPVワクチンに関するものが多かった)、単に安全性・有効性の話をするだけでは面白くないと考え、各種ワクチンの違いや、どのように作用するのかについても述べることにした。

 だが、これらを分かりやすく説明するのは簡単ではない。特に、「mRNAとは何か」、「コロナウイルスはRNAなのになぜDNAワクチンができるのか」「転写と翻訳はどう違うのか」、さらに「マクロファージ、ヘルパーT細胞、B細胞とは?」といったところまで納得してもらうには、ある程度時間をかけなければならず準備にも苦労した。そして、苦労したかいがあって……、と言いたいところだが、講演を聞きに来ていた身内からは「その話が一番分かりにくく講演の中で最も不評だっただろう」と酷評されてしまった。

 うまく伝えられなかったのは完全に僕の力不足だが、事前の準備でどのように話すべきかを考えているうちに、自分自身が分子生物学に興味を持ち出した頃の記憶がよみがえってきた。今回はその「思い出話」をしてみたい。

 僕が「学問」に真剣に興味を持ったのは、皮肉なことに一つ目の大学(僕は医学部入学前に社会人の経験がある)を卒業した後だ。自分の言葉なのか他人の受け売りなのかは今となっては思い出せないが、大学在籍時には「勉強はいつでもできる。遊びは今しかできない」などとうそぶいて、学問とはまるで縁のない生活を送っていた。

 学生時代に培った人脈とコミュニケーション能力で(後から思い返せば単なる自信過剰だ)楽しく仕事をしようと会社員になったはいいものの、いつのまにか虚無感を覚えるようになった。仕事は楽しいのだが「これが望んでいたものなのか……」という思いが次第に僕の心を支配するようになってきた。「何のために生きているのか」という高校時代にさんざん悩んだ疑問が蘇り、その答えを求めたのが、大学生の頃、いつか読もうと思っていた社会学関連の書物だった。

 レヴィ=ストロース、ミシェル・フーコー、ドゥルーズ=ガタリなどを開いてみるが、難解すぎて前に進めず、それらを解説したような書物を手あたり次第読むようになった。哲学、人類学、現代思想などにも踏み込むようになり、興味の対象が広がっていった。しかし、まったくの「乱読」というわけではなく、いつも心に抱いていたテーマは「人間とは何か」だ。それが分かれば「何のために生きているのか」に対する答えが見つかるのではないかと考えたのだ。そして、この「答え」を探すことを目的に母校の関西学院大学社会学部の大学院進学を考えだし、大学時代にお世話になった教授に連絡を取った。

著者プロフィール

たにぐち やすし氏●1991年関西学院大学社会学部卒。商社勤務を経て、2002年大阪市立大学医学部卒。研修医終了後、タイのエイズ施設でのボランティアを経て大阪市立大学医学部総合診療センター所属となり、現在も同大非常勤講師。2007年に大阪・梅田に開業。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。労働衛生コンサルタント。

連載の紹介

谷口恭の「梅田のGPがどうしても伝えたいこと」
患者さんに最も近い立場で医療を行いたい……。それを実現するため医師6年目に資金300万円で開業した谷口氏。「どのような人でも、どのような症状でも受け入れる」をポリシーに過去11年で3万人以上の初診患者を診察した経験を基に、開業医のやりがいや苦労、開業医に求められるミッションを若手医師向けに語ります。

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