日経メディカルのロゴ画像

ベンゾジアゼピン依存症、最強の“治療”とは?

2020/09/24
谷口 恭(太融寺町谷口医院)

 影響を受けた先輩医師について、この連載で過去に何度か触れた。今回もそんな一人の先輩医師をまず紹介したい。僕は彼女を「ドクター・ジェーン」と呼んでいた。米国人の先輩医師をファーストネームで呼んでいいのか初対面時には戸惑ったが、僕がボランティア医師としてタイのそのエイズホスピスに赴いたとき、スタッフみんなから彼女はそう呼ばれていた(なお、正確にはタイ人は「モ~・ジェーン」と呼んでいた。「モ~」はタイ語で医師の意味。声調があるので文字では伝えにくい)。

 約2カ月の間、僕は毎日ドクター・ジェーン(以下「Dr.J」とする)に付いて、約30人の重症患者を彼女がどのように診察するのか学んだ。Dr.Jが帰宅してからは、一人で軽症病棟に出向き希望する患者を診察し、その後再び重症病棟に戻り今度は一人で診るのを日課としていた。

 Dr.Jから学んだことの一つが「薬はいつも最小限」で、これは当院を開業して以来、というよりその後タイから帰国して以来、僕が診療の基本としていることだ。過去のコラム「GPの“相棒”グラム染色を活用しよう!」で、抗菌薬は細菌感染症の重症例にしか処方すべきでないことを述べ、グラム染色の有用性について触れたが、そもそも「抗菌薬を安易に使わない」というのはDr.Jから学んだことだ。鎮痛薬をはじめとした対症療法の薬もできるだけ出さないようにDr.Jは努めていた。エイズ末期ではさまざまな痛みが出現するため、もちろん鎮痛薬は必要で、場合によっては麻薬も用いるのだが、文字通り「最小限」の処方としていた。

 「薬はいつも最小限」というこの方針がDr.J個人のものなのか、米国のファミリー・ドクター(米国ではGPよりもfamily doctorという名称の方が一般的と聞いた)の特徴なのか、あるいは米国人の医師全員がそうなのか、そのときは分からなかったが、後から振り返ればDr.J個人の考え方が強かったのではないかと思う。当時から米国では医師による多すぎる麻薬処方量が問題になっていたことからもそう推測できる。

 では、タイ人の医薬品に対する考え方がDr.Jに近いのかと言えば、全くそんなことはなく、むしろ日本人の感覚に近い。すぐに薬を欲しがり、また患者が希望すれば医師は当然処方するものと考えている。使用量(1回処方量)は日本よりも多いくらいで、タイの薬局では処方箋なしで買える抗菌薬や内服抗真菌薬も多い。その施設に入っていたタイ人のHIV患者もすぐに薬や点滴を欲した。僕が夕方一人で回診に行くと、午前中にDr.Jに断られた患者が薬を欲しがるのだ。しかしDr.Jとのやりとりを見ている僕は患者の言うとおりにするわけにはいかない。

 エイズが進行し、もうそれほど長くない患者から「点滴をしてほしい」と言われ、タイ人の看護師と相談して点滴をおこなったことが一度ある。その翌朝、僕はこっぴどくDr.Jに叱られた。これがちょっとした“事件”となり、タイの看護師たちとDr.Jの間に“溝”ができてしまった。つまり、「モ~・ヤス(僕のこと)は悪くない。患者の希望を聞いてなぜ悪い」と看護師たちは考えたのだ。ただ、溝といってもこの施設では世界中からいろんな人が集まっており(クセのある人たちも多かった)、こんなことは日常茶飯事ではあったのだが。

著者プロフィール

たにぐち やすし氏●1991年関西学院大学社会学部卒。商社勤務を経て、2002年大阪市立大学医学部卒。研修医終了後、タイのエイズ施設でのボランティアを経て大阪市立大学医学部総合診療センター所属となり、現在も同大非常勤講師。2007年に大阪・梅田に開業。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。労働衛生コンサルタント。

連載の紹介

谷口恭の「梅田のGPがどうしても伝えたいこと」
患者さんに最も近い立場で医療を行いたい……。それを実現するため医師6年目に資金300万円で開業した谷口氏。「どのような人でも、どのような症状でも受け入れる」をポリシーに過去11年で3万人以上の初診患者を診察した経験を基に、開業医のやりがいや苦労、開業医に求められるミッションを若手医師向けに語ります。

この記事を読んでいる人におすすめ