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実録「手洗いのパラダイムシフト」

2020/05/18
谷口 恭(太融寺町谷口医院)

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が流行しだしてから増えた疾患の1つが「手湿疹」だ。掌蹠膿疱症や汗疱なども含めた広義の手湿疹には難治性のものが多く、そのためドクターショッピングを繰り返している患者は珍しくないが、ここ2カ月で急増しているのは「アルコールや石鹸を使い過ぎたことによる湿疹」である。だから、従来のように「前医で治らなくて……。原因は何なのですか?」と言われることはなく、患者自身も初めから原因が分かっている。それでも過剰な手洗いや消毒がやめられないのだ。

 これではまるで強迫神経症だ、と思っていたら、先日、強迫神経症から過剰な手洗いを繰り返し治療に難渋した30歳代の男性が3年ぶりにやって来た。この男性が初めて当院を受診したのは7年前。複数の精神科を受診しても改善せず「メンタルの薬はいらないから手を治して!」と言ってやってきた。強迫観念から手洗いをやめることができず、それが原因で仕事を辞めざるをえなかったそうだ。症状はいったん改善してまた悪化してというサイクルを繰り返していたが、最終的に完全に脱却できて手がきれいになったのが3年前。しかし、COVID-19の報道を観てぶりかえしてしまったという。

 強迫神経症の患者全般に言えるのかどうかは分からないが、この男性の場合、手洗いをそれだけ徹底しているにもかかわらず、しょっちゅうかぜや下痢を起こしていた。

 そのため、僕はだいたいこんな感じの説明をしていた。

 「病原体を洗い落としたいから手洗いを繰り返したくなる気持ちは分かります。ですが、そんなにも手洗いをするせいで皮がめくれてしまってるし、赤くなっている(炎症が起こっている)部分もあるでしょ。結果として、そういうところの皮膚のバリア機能が損なわれて病原体の侵入を許すことになってるんですよ」。

 こういったことは理屈では理解してもらえるのだが、だからといってすぐに行動が変わるわけではない。とはいえ、繰り返し説明しているうちに徐々に症状は改善してきた。もっとも、僕の言葉が治療に貢献したのかどうかは不明だが。

 過剰な手洗いが皮膚のバリア機能を損ない、その結果感染症に対して脆弱になるという理論は恐らく正しいだろう。だから僕は「手洗いのし過ぎで手が荒れた」という患者には「やり過ぎ注意」と伝えているわけだが、最近になってもう1つ付け加えているTipsがある。そのきっかけになった事例を紹介しよう。

 40歳代のその女性は医療情報の収集が趣味のようなタイプで、ネットから様々な情報を集めている。こういう患者の中には、根拠のない一部の情報に取り憑かれていて、医師の言うことを信じない少々手の焼けるタイプもいるが、この女性はそうではない。「ネットに〇〇〇と書いてあったんですけど本当ですか?」と言ったようにきちんと確認してくれる。先日この女性と手洗いの話をしていて驚くべき発見をした。「驚くべき」とは大袈裟な……、と思われるだろうが、僕はこれを「手洗いのパラダイムシフト」だと本気で思っている。そのときの情景を再現しよう。

著者プロフィール

たにぐち やすし氏●1991年関西学院大学社会学部卒。商社勤務を経て、2002年大阪市立大学医学部卒。研修医終了後、タイのエイズ施設でのボランティアを経て大阪市立大学医学部総合診療センター所属となり、現在も同大非常勤講師。2007年に大阪・梅田に開業。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。労働衛生コンサルタント。

連載の紹介

谷口恭の「梅田のGPがどうしても伝えたいこと」
患者さんに最も近い立場で医療を行いたい……。それを実現するため医師6年目に資金300万円で開業した谷口氏。「どのような人でも、どのような症状でも受け入れる」をポリシーに過去11年で3万人以上の初診患者を診察した経験を基に、開業医のやりがいや苦労、開業医に求められるミッションを若手医師向けに語ります。

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