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故・大国剛先生から学んだ大切なこと

2019/10/11
谷口 恭(太融寺町谷口医院)

 2019年9月のある平日、夕方からの外来が始まる少し前に徳久江さん(以下、徳さん)が突然当院にやって来た。徳さんは、現在は鍼灸師として活躍されているが、以前は大国診療所で事務をされていた。僕は医師3年目のときにタイのエイズ施設に赴いたわけだが、知識と経験のない僕が渡航前に勉強させてもらったのが大阪市北区にあった大国診療所だ。

 徳さんと最後に会ったのは3年前の夏。入院中の大国剛先生を一緒に見舞いに行ったときだ。大国先生は10年以上前から体調を崩され、数年前からは入院生活をされていた。筋力が低下し、移動には車椅子が不可欠となっていた。元通り歩けるようになる見込みはほぼなく、その状態は絶望感をもたらすはずなのだが、大国先生は元気だった。医師を引退してもう10年以上が経つというのに、いまだに当時の大国診療所の患者から(どうやって入院先を知ることができたのか不明だが)健康相談の電話がかかってくると奥さんが話していた。

 7月中旬に徳さんから届いた暑中見舞いの葉書には「大国先生も元気です」と書かれていた。しかし、9月のその日、徳さんが当院に来られた理由は大国先生の訃報を伝えることだった。2019年7月15日、この日が大国先生の命日となったようだ。徳さんは前日にも大国先生を訪れており、そのときはいつもと変わりがなかったという。車椅子が必要で長年入院生活を強いられていたとはいえ享年91歳。立派な大往生といえるのではないだろうか。

 さて、今回は大国先生から僕が学んだ幾つかのことを紹介したい。過去に述べたように今の僕があるのは何人もの恩師に巡り合えたからだが大国先生は最もお世話になった先生の1人だ。大国先生から教わった僕の“財産”の1つは「グラム染色」であり、これについては過去に述べた(関連記事:GPの“相棒”グラム染色を活用しよう!)。今でこそグラム染色は研修医も学んでいるようだが、少なくとも僕が研修医の頃はグラム染色を実施しているという先生に出会ったことがなかったし、その後も「かぜの鑑別や抗菌薬の選択にグラム染色が有用」という話をしても、関心を示す医師はあまりいなかった。恐らく今のようにグラム染色が脚光を浴びるようになったのはつい数年前からではないだろうか。

 次に記しておきたい大国先生から学んだことは「梅毒」である。大国診療所で学んだ2カ月の間で梅毒の患者は7~8人いた。他院では診断がつかなかったというケースも、大国先生はほんの数秒で梅毒を疑い、そして実際に陽性であった。その中で僕が最も印象に残っている症例を紹介したい。

 その男性は20歳代、主訴は「肛門周囲の尖圭コンジローマが治らない」というものだった。大国先生は一目見た瞬間に「コンジローマという診断は正しいが、これは尖圭ではなく扁平だ」と言い、さらに「この広がり方はHIV感染が疑われる。梅毒とHIVを同時に検査しよう」と続けた。そして見事に双方とも陽性だったのだ。

 梅毒は最近増えているといわれるが、僕の実感としては全くそんなことはなく、昔から多かった。実際、谷口医院の約13年の歴史を振り返ると、梅毒の患者数に大きな変化はない。ただし「内訳」は大きく異なる。数年前までは「他院で診断がつかずドクターショッピングを繰り返している原因不明の皮疹」がほとんどだった。中には「大学病院で皮膚生検までされたけれど診断がつかなかった」と言って受診した患者もいた。その患者の皮疹を診たときも、僕はすぐに梅毒を疑うことができた。わずか2カ月とはいえ、大国先生の下での経験があるからこそ診断をつけることができたのだ。

 もう1つ当院の例を挙げると、左乳頭の皮疹が治らないと言って受診された30歳代男性を診たときも僕はすぐにその皮疹が扁平コンジローマであることが分かった。皮疹の特徴と、出現部位が性器とは限らないということを大国先生から学んでいたからだ。

 一方、ここ数年は当院で梅毒の確定診断を下す患者の大半は「保健所の無料スクリーニング検査や自己検査キットで陽性になった」というケースだ。大勢の人が梅毒の検査を受けるようになり、梅毒が簡単に(たとえ避妊具を用いても)感染することが周知されたのは良いことではある。だが、実は昔から感染者は少なくなく、従って数年間性行為がないという人も検査すべきということももっと知ってもらわねばと思う。

 統計上では、2007年の梅毒の届出はわずか719例。一方HIVは1500例である。避妊具を用いた性交渉でも簡単に感染し得る梅毒の感染者がHIVの半数以下だなんてことあるはずがない。診断がつかず「とりあえず抗生物質」で治った、何もしていないけれど自然治癒した(臨床上そうとしか思えない症例もある)、正しく診断されたけれど医師が届けていなかった、などの理由で統計に反映されていないだけだと僕は思っている。そうでなければ、他の性感染症が過去10年で増えておらず梅毒だけ増加していることの説明がつかない。

著者プロフィール

たにぐち やすし氏●1991年関西学院大学社会学部卒。商社勤務を経て、2002年大阪市立大学医学部卒。研修医終了後、タイのエイズ施設でのボランティアを経て大阪市立大学医学部総合診療センター所属となり、現在も同大非常勤講師。2007年に大阪・梅田に開業。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。労働衛生コンサルタント。

連載の紹介

谷口恭の「梅田のGPがどうしても伝えたいこと」
患者さんに最も近い立場で医療を行いたい……。それを実現するため医師6年目に資金300万円で開業した谷口氏。「どのような人でも、どのような症状でも受け入れる」をポリシーに過去11年で3万人以上の初診患者を診察した経験を基に、開業医のやりがいや苦労、開業医に求められるミッションを若手医師向けに語ります。

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