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医師不足解消に本気なら、収入減の覚悟を

2019/08/16
谷口 恭(太融寺町谷口医院)

 普通の人間の生活がしたい!!

 この言葉は当時50歳代で自らの命を絶った広島の産婦人科部長が残した遺書ともいえるメモの最後の部分で、日経メディカルで紹介されている(関連記事:50代産婦人科医の過労自殺が問い掛けること)。これを読んだ直後からこの言葉が僕の頭を支配して離れない。考えても仕方がないことかもしれないが、この部長のことをあれこれと想像してしまう。強い責任感を持ち、大勢の患者に慕われ、そして職場では決して弱みを見せなかったのではなかろうか。

 繰り返し読んでいるうちに、東京オリンピックで銅メダルを獲得し、「もうすっかり疲れ切ってしまって走れません」と書いた遺書を残して自殺した円谷幸吉選手を思い出した。「父上様母上様 三日とろろ美味しうございました」で始まり、「幸吉は父母上様の側で暮しとうございました」で終わるこの詩を初めて読んだときは胸をえぐられたような気持ちになった。

 命を絶った産婦人科部長は、うつ病の発症前3カ月間の平均時間外労働は80時間以上、発症前の6カ月間に2週間以上の連続勤務も5回あったと報じられているが、これは実証することができて裁判所が認めた数字であり、実際にはもっと長い時間働かれていたのではないだろうか。タイムカードや電子カルテは存在せず、証明のしようがない労働時間が相当あったに違いない。記事によれば、部長が作成した文書には「四六時中拘束されている」という指摘が繰り返し出てきたそうだ。

 弁護士は「亡くなった男性は医師不足の解消を訴えていた。医師不足というのはかなり深刻で、このままでいいのかと社会への問題提起となる判決になった」とコメントしている。僕はこの言葉に全面的に賛成であり、以前から医師を増やすべきだと言い続けているのだが、そう思わない医師の方がずっと多い。

 少し古いデータになるが、日経メディカルが2014年に医師を対象に実施したアンケートによると、65%以上が「医学部を新設すべきでない」と回答している(関連記事:6割超が医学部新設反対、「地域によっては賛成」派も)。医師個人だけではない。千葉県成田市の医学部新設の話が浮上したとき、日本医師会、全国医学部長病院長会議、日本医学会、国立大学医学部長会議、日本私立医科大学協会らも反対声明を支持した(関連記事:成田市への医学部新設は「重大な禍根を残す」)。

 一方、厚生労働省は医師不足を認めているようで近年は医学部の定員を増やしている。報道によれば、早ければ2028年頃、遅くとも2033年頃に医師の需要と供給が均衡すると推計しているようである。ということは、それまでは医師の需要は供給よりも多いということになる(関連記事:2022年度以降の医学部定員は削減の方向)。「どこに行っていいか分からない……」と嘆き、ドクターショッピングを繰り返している患者を頻繁に診ている僕からすれば、あと10年ほどで本当に供給が追い付くのか大いに疑問であるのだが、それが正しいのだとしても、少なくともそれまでの10年間は医師不足であるという厚労省の見解を我々医師は認めるべきではないか。

 我々医師の勤務の実態を振り返ってみると、時間外労働が少ない医師などお目にかかったことがない。勤務医はもちろん、開業医も24時間365日電話を取っている医師もいるほどである。医師が余っているという医療機関が存在するのだろうか。以前、看護師の採用は大変だということを述べたが(関連記事:熱心な看護師と受付スタッフはどこにいる?看護師の採用に“コツ”はあるか)、医師の募集となると恐らくその比ではあるまい。そして、それを数字で見ることもできる。

 2018年5月、愛媛県松山市は小児科新規開業に対し上限1000万円の補助を行うことを発表した。同時期に、南相馬市では、小児科、産科、耳鼻咽喉科、泌尿器科の診療所を開業する医師を募集し最大5000万円を補助することを発表している。これらはいかに医師が不足しているかを示しているわけだが、「医師を増やすべきでない」と考える医師は「医師不足ではなく地域差と診療科の偏りが問題だ」と主張することが多い。

 確かにそれはあると思う。実際、東京23区や大阪市で「内科の新規開業を自治体が補助します」という話はあり得ないだろう。診療科によって異なるのも間違いない。過去に日経メディカルで連載をされていた本田宏医師は著書「本当の医療崩壊はこれからやってくる!」の中で、脳外科医は米国の2.8倍にもなることを指摘し、医師増員反対派に脳外科医が多いと述べられている。

著者プロフィール

たにぐち やすし氏●1991年関西学院大学社会学部卒。商社勤務を経て、2002年大阪市立大学医学部卒。研修医終了後、タイのエイズ施設でのボランティアを経て大阪市立大学医学部総合診療センター所属となり、現在も同大非常勤講師。2007年に大阪・梅田に開業。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。労働衛生コンサルタント。

連載の紹介

谷口恭の「梅田のGPがどうしても伝えたいこと」
患者さんに最も近い立場で医療を行いたい……。それを実現するため医師6年目に資金300万円で開業した谷口氏。「どのような人でも、どのような症状でも受け入れる」をポリシーに過去11年で3万人以上の初診患者を診察した経験を基に、開業医のやりがいや苦労、開業医に求められるミッションを若手医師向けに語ります。

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