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医師は感謝を期待してはいけない

2019/04/05
谷口 恭(太融寺町谷口医院)

 稲盛和夫氏の「動機善なりや、私心なかりしか」という言葉を何度も反すうし、開業したいという気持ちに「私心がない」とは言えないのではないか、と考え始め数カ月悩んだが全く答えは見えてこない。だがあるとき、およそ3カ月ぶりに訪れたタイのエイズ施設でこの問題の「解決の糸口」が見つかった。

 その施設にボランティアをしにきていた30歳代の日本人男性Y君は、大学は出たものの就職氷河期でまともな就職先がなかったという。卒業後マッサージの勉強をしたもののやはり仕事はない。そこで、アルバイトで幾らかのお金を貯めてタイにやって来たそうだ。最初はあてもなく「自分探し」のつもりでブラブラしているうちにこの施設にたどり着き、そのまま居候のような暮らしをしている。マッサージはちょっと勉強しただけだけど、HIVの患者さんから感謝されるのが何よりもうれしいとのこと。物腰も柔らかく、コミュニケーション能力も高そうなこんな青年に仕事がないなんて。だが、僕はY君の次の言葉に疑問を持った。

 「でも、マッサージしても喜んでもらえないこともあるんすよね~」

 この言葉に違和感を覚えた瞬間、僕はここ数カ月のわだかまりの「答え」が見つかったような気がした。「ボランティアたるもの、お礼の言葉を期待してはいけない!」とY君に説教を垂れそうになった自分を恥じ、開業したいと考えていた自分の気持ちに「私心」があることを認識した。僕も知らず知らずのうちに、患者からのお礼の言葉に慣れてしまい、感謝されるのが当然のように思ってしまっていたのだ。

 タイの複数のエイズ施設に関わりだしてから多くのボランティアの男女と現地で知り合い、ボランティアに興味があるというまだ会ったことのない人たちからメールで相談を受けていた。最初の頃は、「同志」と考え「協力できることは何でもしますよ」と答えていたのだが、そのうちにボランティアに対して否定的な感情が沸いてきていた。その1つが、この「感謝されたいという私心」なのだ。

 実際にやってみればすぐに分かるがボランティアというのはとても気持ちがいい。ともすれば無償で人助けをやっているという自分自身に酔ってしまうのだ。もろに”酔っている”者はとてもみっともない姿にうつるが、そのみっともない輩と高尚なボランティアは明確に線引きできるのだろうか。究極の高尚なボランティアをマザー・テレサとして、感謝の言葉を聞くためだけに行動するような者をその対極とすれば、恐らくほとんどのボランティアがそのスペクトルのどこかに位置する、と考えるべきではないだろうか。

 だとすると、感謝の言葉を期待してしまっていた僕も、明らかに”酔っている”ボランティアも同じ穴のむじなではないか。ただ、こう考えると自ずと「答え」が見えてくる。そう、「感謝の言葉も感謝の気持ちも求めない」ということを徹底すればいいのだ。そして、タイで行っているボランティアだけでなく、今日本の病院で診ている患者、そしてこれから開業したときに出会う未来の患者からも一切の感謝を期待しなければいいのだ。このことに気付いたときにふと荷が降りたような気がした。そして、「感謝を期待しない」という気持ちは現在も持ち続けている。

 だが、これで「私心」をなくし稲盛氏のように「利他の精神」を発揮できると言えるのだろうか。いや、言えない。なぜなら僕がタイでボランティアをしようと思ったのは「悲惨な現状を見て何かしなければならない」と強く感じたからだが、こう考えた時点ですでに自分の”欲望”に促されているではないか。つまり「何かしなければならない」というのは「利他」ではなく、自分がそうしたいからする「利己」なのだ。けれども、そう考えると訳が分からなくなってくる。じゃあ、世の中の「利他」っていったい何? かのマザー・テレサだって自分がやりたいことをやっているだけと言えなくもないのでは……?

 実はこの「答え」は今も見つかっていない。「動機善なりや、私心なかりしか」は僕の座右の銘となっているが、それは、自分に私心があるからそれを戒めるために何度も繰り返さなければならないのでは、と今は思うようにしている。稲盛氏の域に達することは僕にはできないのだ。

著者プロフィール

たにぐち やすし氏●1991年関西学院大学社会学部卒。商社勤務を経て、2002年大阪市立大学医学部卒。研修医終了後、タイのエイズ施設でのボランティアを経て大阪市立大学医学部総合診療センター所属となり、現在も同大非常勤講師。2007年に大阪・梅田に開業。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。労働衛生コンサルタント。

連載の紹介

谷口恭の「梅田のGPがどうしても伝えたいこと」
患者さんに最も近い立場で医療を行いたい……。それを実現するため医師6年目に資金300万円で開業した谷口氏。「どのような人でも、どのような症状でも受け入れる」をポリシーに過去11年で3万人以上の初診患者を診察した経験を基に、開業医のやりがいや苦労、開業医に求められるミッションを若手医師向けに語ります。

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