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第3回
「女子の減点理解できる」医師は非常識!

2018/08/24
谷口 恭(太融寺町谷口医院)

 「医者には社会的常識のない人が多い」というのは過去の首相の”迷言”だが、案外当たっているのでは? と思うこともある。医学部生の頃から「医師の常識は社会の非常識、社会の常識は医師の非常識」という言葉を何度か聞き、それに頷いたことも何度もある。ただ、医学部入学前に社会人経験のある僕が同僚にこれを言えば「上から目線」あるいは「自慢話」のようになってしまうので、極力こういったことは言わないようにしてきたつもりだ。

 だが、ときには限度を超えることがある。最近、一連のメディアの報道をみて驚きを通り越し「怒り」を自覚するようになった。東京医科大学の入試不正事件である。事件の詳細については各メディアが細かく報じているのでここでは取り上げないが、これは決して小さな事件ではない。BBC(Tokyo Medical University 'changed female exam scores')やCNN(Japanese medical school allegedly rigged exams to keep women out)といった世界的メディアも大きく取り上げ、記事には「差別(discrimination)」という文字が繰り返し登場する。さらにBBCでは、東京医大を「最も名声のある医学部(most prestigious medical universities)の1つ」と表現しており、これは痛烈なアイロニーと解釈すべきだろう。

 あからさまな「女性差別」に世界は驚愕したわけだが、僕にはもっと驚いたことがある。朝日新聞(医師65%「女子減点理解できる」人材会社ネット調査)によれば、なんと医師の65%が「女子減点理解できる」と考えているというのだ。65%、つまり3人に2人である。今、僕は自然に「なんと」という言葉を使ったが、3人に2人がそう思っているならそちらの方がマジョリティであり、「『なんと』などという言葉を使うお前の方が少数派だ」と言われることになる。その後似たような調査が複数の媒体で行われたが、やはり結果は同じようなもので、女性差別に寛容な回答が多数を占めているようだ。

 「理解できる」と答える医師たちは「女性医師はすぐに辞めるから人手が足りなくなる」と考えているらしい。「女性が働きやすい職場をつくることを考えるのが先決であり、女性がすぐに辞めるから定員を減らすという考えはおかしい」という意見はたぶん誰かが言っているであろうからここでは取り上げない。僕にはもっと強く主張したいことがある。

 それは、受験の合否判定に性差や年齢が影響するのは社会の原理原則に反するではないか、ということだ。日本国憲法というものを持ち出すとややこしくなるかもしれないが、学問の自由は誰もが平等に保障されているのではなかったのか。ちなみに50歳くらいで医学部に入学するのは是か非かという議論がときどき行われることがあるので、これについてもいずれ取り上げたい。

 「女子医大」があるんだから男性有利の医学部があってもいいのではないか、という意見があるようだが、これは筋が通っていないのは明らかだ。女子医大は初めから女性しか募集していないのだから。では「女子医大」の存在自体が男性差別ではないか、という意見についてはどうだろう。ある意味で“逆差別”と言えなくもないが、女性が不利であるという歴然とした事実があるんだからそれを解消するためにも女子医大はあるべき、というのが僕の考えだ。「女子医大に男性が入学できないのはおかしい」という議論が出てくる頃にようやく平等に近づいたと言えるのではないか。米国の幾つかの名門大学で設けられている人種別入学枠も人種差別がなくなる日がくれば撤廃されるだろう。

 お茶の水女子大は2020年度からトランスジェンダーを受け入れることを決めたが、これは今述べている女性差別とは別の観点から考察すべきだろう。ところで多様性やダイバーシティといった言葉が最近よく聞かれるが医療界にはあまり浸透していないようだ。実際、医療者はセクシャルマイノリティ(LGBT)に優しくない。これは稿を改めて論じることにする。

 話を戻そう。医学部入学の適・不適が論じられるときによく忘れられるのが、医学部入学希望者の全員が医師を目指しているわけではない、という基本的事実だ。「医師を養成するのに高い税金を使って……」という意見があるが、それを言うなら医学部に入学すれば絶対に医師にならなければならないことになり、途中で他の道を選択できなくなってしまう。医師になることを約束して医学部に入学するわけではないのに。

 実際、僕は、医学部入学時には医師になるつもりはなく研究がしたかった。この僕の「方向転換」については医療者のみならず一般の人たちからもよく聞かれるので、これについてもいずれ自己紹介の一環として取り上げてみたい。

 もう一度繰り返すが、学問に「差別」は許されない。これは「社会の常識」であり、医師もその常識に従わねばならないのは当然だ。

 さて、話をもう一歩進めてみたい。入試で「差別」があることが明らかとなり、医師(報道からは調査に答えた男女比は不明)の3分の2がその差別を認めているとなると、医学部に入学してから、あるいは医師になってからは「差別」を受けていないのだろうか。朝日新聞は「研修医時代に妊娠して『だらしない』といわれ、切迫流産で休むと『流れてしまえばいい』とまでいわれた」「どうせ教えても無駄になるから、女には何も教える気にならないと言われた」という女性医師の声を取り上げている。ただし、こういった「声」を強調するのはメディアの得意とするところであるから、このような対応をする医師ばかりではないのもまた自明である。

 歴史を振り返ろう。日本で初めて医師国家試験に合格した女性医師は荻野吟子である。自分の夫からうつされた淋病に生涯苦しめられ、診察を受けたときの悔しさから医師を目指し見事達成したその半生は素晴らしいが、医師までの道のりは相当険しいものであった。医学部入学がなかなか認められず、吟子の生涯を綴った渡辺淳一の『花埋み』によると、入学後も男性の医学生から「帰れ」と言われ、凄惨なイジメを受け、セクハラという言葉では済まされない凌辱を受けている。男子学生から集団レイプされそうになるシーンは読み続けることができないほどである。

著者プロフィール

たにぐち やすし氏●1991年関西学院大学社会学部卒。商社勤務を経て、2002年大阪市立大学医学部卒。研修医終了後、タイのエイズ施設でのボランティアを経て大阪市立大学医学部総合診療センター所属となり、現在も同大非常勤講師。2007年に大阪・梅田に開業。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。労働衛生コンサルタント。

連載の紹介

谷口恭の「梅田のGPがどうしても伝えたいこと」
患者さんに最も近い立場で医療を行いたい……。それを実現するため医師6年目に資金300万円で開業した谷口氏。「どのような人でも、どのような症状でも受け入れる」をポリシーに過去11年で3万人以上の初診患者を診察した経験を基に、開業医のやりがいや苦労、開業医に求められるミッションを若手医師向けに語ります。

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