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医師逆恨みによる凶悪犯罪と責任能力

2022/02/08
田邉昇(弁護医師、中村・平井・田邉法律事務所)

 最近になり、医師に対して逆恨みをした結果、卑劣な犯行によって命を奪うという痛ましい事件が連続して起こった。

 いずれも大きく報道されたので、皆さんはご承知のことだろうが、一つは2021年12月17日午前、大阪市北区の雑居ビル4階の心療内科・精神科の医療機関に対する、巻き込み型自殺による放火殺人事件である。心療内科の医師を含む25人が犠牲になる未曽有の大惨事であった。

 もう一つが埼玉県ふじみ野市で起きた立てこもり・殺人事件である。犯人の母親を訪問診療していた医師を人質に取って立てこもった揚げ句、散弾銃で医師を殺害し、理学療法士へも発砲し重症を負わせ、介護士にも催涙スプレーなどをかけたようである。報道によると、クリニックの職員ら7人を「線香をあげに来い」と呼び出し、既に死亡した犯人の母親の蘇生を求め、断られて殺害したとのこと。他にも介護事業所の職員などを呼び出していたようだが、こちらは応じなかったようである。

 逆恨みというのは、医師だけでなく、弁護士に対してもよく見られ、依頼人が自身の弁護人に対して懲戒請求をするのはよくある話である。医師に対しても、自らもしくは家族への診療行為に不満を持ち、医療訴訟はもとより刑事告訴する患者や遺族も後を絶たない。

 今回の殺傷事件とは比べようもないが、「刑事事件化」というのは、当然のことながら医師を大きな不安に陥れることになる。そこで、刑事事件として捜査機関が介入してくることを防ぐ目的で医療事故調査制度が設立され、2015年から施行されたのは記憶に新しい。ただ、現状の医療法に基づく同制度は、WHOが目指していたような本来あるべき「科学的な再発防止のための情報収集・共有制度」と、一種の医学裁判制度、無料鑑定制度のような「責任追及の資料を作成する目的の制度」を併存させるような形になってしまっている。なお、WHOは「両者は共存し得ない」とはっきり言っている。こんな形になったのは恐らく、責任追及型の「第3次試案」と呼ばれた医療事故調査制度の原案が、一部の医師会や学会による猛反対に遭い、それが功を奏したのか、当時の舛添厚生労働大臣によって潰されたことを根に持つ人々が画策した結果だと思われる(2008年ごろの話である)。これに関しては、運用面でできるだけ「再発防止のための制度」に近づけるよう、医療界が努力するしかない。

著者プロフィール

たなべ のぼる氏〇 1984年に名古屋大卒。都立駒込病院に勤務し、名古屋大学大学院で血液内科学を専攻する傍ら、救急医療、臨床腫瘍学などにも従事。旧厚生省などでの勤務を経て2001年に弁護士登録。診療を行う傍ら、医師の視点で弁護士として、非常勤裁判官として、医療訴訟を中心に多くの事件を担当。中村・平井・田邉法律事務所に所属。

連載の紹介

弁護医師・田邉昇の『医と法の視点』
話題の医療・医学に関連したニュースを、臨床医(総合内科専門医・血液専門医)でもあり、旧厚生省の勤務経験を持つ田邉昇氏が、法律家の立場で易しく解説します。

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