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パニックは「気持ちが弱いからなる」?

2019/11/14
鈴木 瞬(SNCメンタルヘルス・産業医事務所代表)

 検査がなく、薬もなければ、時間もないこの部屋で、今日も事件が起こる……!
 20XX年10月茨城県内×○運送(従業員数52人)にて。

衛生管理者の酒井 先生、今日1人相談希望がありまして……。
産業医の鈴木 はいはい。
酒井 運転やってる市川君なんですけど、ちょっと相談に乗っていただいていいですか?
鈴木 今日は大丈夫ですよ※1。どんな内容でしょう。
※1 小規模事業場では、月1時間という限られた訪問時間内で衛生委員会、職場巡視、その他(健康診断の事後措置など)を行う必要がある。健康相談は1件入れられるかどうか、時間をかけられても15分~20というのが現実的なところである。そのため、「情報がなく、短時間で実際性のあるソリューションを提示する」技芸が求められる。

酒井 なんか運転中、動悸がするって言うんですよ。
鈴木 なるほど。それでは、お入りいただきましょうか。
酒井 じゃあ、今から呼びますので、お願いします。お~い、市川~!※2
※2 小規模事業場では保健師、看護師といった医療専門職がいない。小規模ゆえ、労働者はプライバシーの不安や労働上の不利益に敏感であり、上長や衛生管理者に疾病、特に精神疾患の相談などをさけることが多い。よく聞かされるのが、「うつの既往を伝えると採用されないと思って、入職時から伝えていない。今回の健康相談も内科の病気ということにしておいてほしい」といった相談や、「睡眠薬を飲んでいることを知られて深夜業を外されると、深夜業務手当がなくなり経済的に苦しくなる」などといった悩みである。
 そのため、小規模事業場では事前情報が少ない健康相談は珍しくない。むしろ、「当たり前」と思っていた方が良い。産業医は彼ら彼女らの「月末の預金残高」と、彼ら彼女らが「知らざる余命」、そして企業側の「安全配慮義務の履行」、様々な要素を数分間で天秤にかけながら、清濁併せたソリューションを提示しなければならない。
 この運送会社は、事業拡張と人員増加により今年度から労働者数が50人以上となり、初の嘱託産業医選任となった。酒井さんもよく分からぬまま、上の指示で衛生管理者を取得した状況である。現場は火の車であり、当然産業医の相手などしている暇はない。
 小規模事業場での健康管理はその人的・時間的リソースの極限的少なさ、現場のヘルスリテラシーの低さ、案件のブランドバリユーの低さから、名だたるエキスパート産業医すら忌避しているのは公然の秘密である。
 聡明で礼節ある人事部と多数の保健師、カウンセラーを抱える大企業での「それ」と、小規模事業場の「それ」は全く異なる。誤解を与えることを承知でいえば、後者は発展途上国で0から1を作り上げるインフラを整備していくのにも似た苦しみがある。


市川 ちわっす! 失礼します!
鈴木 こんにちは、市川健さんですね。私ここで産業医をしております、鈴木と申します。

著者プロフィール

鈴木瞬(SNCメンタルヘルス・産業医事務所代表)●すずき しゅん氏。2009年高知大卒、筑波大院修了。博士(医学)。産業医大で研修後、筑波大産業精神医学に入局。首都圏での精神科診療や産業医実務を経て、2014年SNC産業医事務所開業。2015年より豊後荘病院精神科。2019年同院退職し、現職。

連載の紹介

5分で勝負!産業メンタルヘルス事件簿
実際性のあるメンタルヘルスを提唱する筆者による、キレイゴト抜きの面接ライブ!コメントは実名でお願いします。若手医師・医学生のためのヘルスマネジメント連載「研修医のための人生ライフ向上塾!」も隔月で連載中!

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 ストレスにさらされながらも、しなやかに適応する術、「健康生成論」の実践を専門とする筆者が、初期研修生活のライフハックから医師人生におけるストレスへのマネジメントについて、ときに学術的、ときに超主観的につづります。

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