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第12回
脳卒中で逝った大奥の支配者 天璋院篤姫

2018/02/18
篠田達明(作家・医師、愛知県心身障害者コロニー名誉総長)
脳卒中で逝った大奥の支配者 天璋院篤姫の画像

 幕末、幕府の衰退を憂えた老中阿部正弘は、13代将軍徳川家定の正室に薩摩藩主島津斉彬(なりあきら)の一門で島津忠剛(ただたけ)の娘敬子(すみこ)を迎えることにした。とはいえ将軍家御台所が外様大名の子女では具合が悪い。そこで敬子を斉彬の養女とし、さらに近衛忠煕(ただひろ)の養女にして名も篤姫(あつひめ)と改めた。

 安政3年(1856年)12月18日、篤姫は21歳で江戸城大奥に輿入(こしい)れした。だが生来病弱の家定は安政5年夏、脚気衝心(急性心筋障害)をおこして急逝した。

著者プロフィール

しのだ たつあき●1962年名古屋大学医学部卒。整形外科医にして作家。医学を題材にした歴史物の著作が多く、主な著書に「徳川将軍家十五代のカルテ」「モナ・リザは高脂血症だった」(新潮新書)、「日本史有名人の身体測定」(KADOKAWA)など。

連載の紹介

病と歴史への招待
豊臣秀吉や武田信玄といった著名な武将から、フロイト、チャイコフスキー、夏目漱石などの国内外の文化人、横綱双葉山や四谷怪談のお岩まで、歴史上の人物の病の記録。月刊誌『日経メディカル』の連載記事を再編集。

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