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第10回
脚気衝心に倒れた公武合体の犠牲者 和宮

2018/01/21
篠田達明(作家・医師、愛知県心身障害者コロニー名誉総長)
脚気衝心に倒れた公武合体の犠牲者 和宮の画像

 仁孝天皇の第8皇女和宮親子内親王(かずのみやちかこないしんのう)が誕生したとき、帝はすでに崩御されていた。父の顔を知らぬ和宮を不憫(ふびん)に思った異母兄の孝明天皇は、和宮が6歳のとき有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひと)と婚約を結ばせた。

 幕末、幕府は幕権強化のため公武合体論を唱え、和宮を将軍家茂(いえもち)の御台所(みだいどころ)に降嫁(こうか)させる画策をした。外国嫌いの孝明天皇は「すでに婚約者がいる」「蛮夷来集(ばんいらいしゅう)の関東へ行かせるには忍びない」と拒絶した。だが、この問題を朝権回復の足がかりにしようとする侍従岩倉具視(いわくらともみ)は「攘夷鎖国の実行を条件にいたします」と天皇を説得して内諾を得た。

著者プロフィール

しのだ たつあき●1962年名古屋大学医学部卒。整形外科医にして作家。医学を題材にした歴史物の著作が多く、主な著書に「徳川将軍家十五代のカルテ」「モナ・リザは高脂血症だった」(新潮新書)、「日本史有名人の身体測定」(KADOKAWA)など。

連載の紹介

病と歴史への招待
豊臣秀吉や武田信玄といった著名な武将から、フロイト、チャイコフスキー、夏目漱石などの国内外の文化人、横綱双葉山や四谷怪談のお岩まで、歴史上の人物の病の記録。月刊誌『日経メディカル』の連載記事を再編集。

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