日経メディカルのロゴ画像

【連載第12回 マナー編(12)】
金銭に淡白であれ

2007/04/13

 人間を堕落させる要因の最たるものは色と金、そして名誉欲である。聖職に殉ずべき医師とてこれらの誘惑に陥る時がある。

 山崎豊子の『白い巨塔』は、色と名誉欲におぼれて身を持ち崩していく外科医を描いて話題をさらった。不肖私の近作『孤高のメス』(幻冬舎文庫)にもそんな外科医を登場させたが、患者のことだけを考えているべき医師も、しょせんは生身の人間で、よほど自制しなければ色と欲にかまけて本分を顧みなくなる危険性を孕(はら)んでいることを訴えたかったのだ。

「魔が差す」こともある
 色と名誉欲に狂う医師はドラマの好材になるが、金儲けにうつつを抜かす医師というのはあまり出てこない。医者が金に困ったり一獲千金を夢見て犯罪に走るという筋書きは、現実に即応せず説得性がないからだろう。

 確かに、医者が経済的に困窮の極みに陥って金庫破りをもくろみたくなる、などということはあり得ないだろう。開業医は言うまでもなく、一サラリーマンにすぎない勤務医でも人並みかそれ以上の生活は保障されるからである。

 私なども公務員で幾ら患者さんが来てくれても己の懐が潤うわけではないし、中の上くらいの糊口の資を得ているにすぎないが、医者なら皆金持ちと勘違いしているマンションの不動産業者や先物取引の商社から盛んに勧誘の電話がかかってくる。それも午前中の診療時間内にかけてくるから頭にくる。こういう連中こそマナーを叩きこまねばならないが、医師たるもの、まかり間違っても、たとえ気をそそられても、そこで相手と会話を始めてはならない。それこそ職員や患者のひんしゅくを買うことになる。昼休みか勤務後の時間を指定するべきであるが、断るに越したことはない。「魔が差す」のことわざ通り、気が付いたらのっぴきならぬ事態に陥っていることもある。

勤務中に株取引をしていた先輩
 私がまだ若いころ、母校の胸部外科に週一度肺切除の見学に赴いていたが、そこに不届きな先輩がいた。手術の合間に、控え室でしきりに電話をかけている。株の取り引きをしているのだ。教授や先輩などが姿を見せたらすぐさま電話を切っただろうが、学外の人間ではるか後輩ということで、私に気付いても素知らぬ顔で長々と電話をかけている。

 この人はなかなかの理論家で切れ者と思わせた。そこを見込まれて外様(とざま)の人間ながら講師にも抜擢されたようだが、やがて、この人が、肝心の手術では教授の信用を得ていないことが分かった。「彼はどうもケアレスミステイク(不注意な失敗)が多くていかん」と、ある時、部外者の私の前で教授はもらした。思い当たるものがあった。彼は持ち株の動きが気になって気もそぞろで手術に臨んでいるのではないか、と。

著者プロフィール

大鐘 稔彦(南あわじ市国民健康保険阿那賀診療所院長)●おおがね としひこ氏。1968年京大卒。民間病院の院長、外科部長などを経て、99年より南あわじ市国民健康保険阿那賀診療所(兵庫県南あわじ市)院長。

連載の紹介

研修医必見!臨床のスキルとマナー
患者に選ばれる医師になるには?医療訴訟に巻き込まれることなく的確な医療を実践するには? ベテラン医が、自身が体験したエピソードをベースに、診療のコツや臨床医としてのマナーを説きます。

この記事を読んでいる人におすすめ