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【連載第10回 マナー編(10)】
知ったかぶりをするな

2007/03/15

「知らない」と言う方がまだまし
 知ったかぶりをしてその場は凌いだつもりでも、早晩ボロは出る。たまたま思いやりに欠けた意地の悪い、あるいは日ごろから敵意を抱いている人間が居合わせた日には、即座に揚げ足を取られ、とんだ赤っ恥をかくことになる。
 
 「知らない」としか言えないのは癪だし、口惜しい限りだが、知ったかぶりを暴露されてバツの悪い思いをするよりはまだしも後味は良い。

痛恨の思い出
 私は最初、産婦人科に入局した。列車や飛行機で乗り合わせた妊婦が急に産気づいたとき、とっさに赤子を取り上げるくらいの技術はマスターしておきたいと思ったからだ。ところが大学は全国の医学部を席巻した青医連運動の渦中にあって、医局にいられなくなり、体よく関連病院に出された。

 医長は太っ腹の人だった。半年ほどたったとき、そろそろ外来に出てみるか、と言われた。自信はなかったが、「はい」と答えてしまった。

 ある日、診断に窮した患者に出くわした。しかし、分かったようなふりをして、「かくかく」と思われるから「これこれ」の薬を出しておきますよ、と言った。刹那、横から年配の看護師Aが口をさし挟んだ。

 「『かくかく』ということだったら、『これこれ』の薬はおかしいじゃないですか」
 
 私は無論、座っていたが、立ち往生となった。恥ずかしさに顔面は紅潮し、腋の下にはぬるっとしたものが伝わった。
 
 Aは60歳に及んでいただろう。外来看護師の最古参で、海千山千だった。日ごろから年下の看護師をいびる意地の悪い人物だったが、その矛先がよもやこちらに向けられるとは思わなかった。

 Aが思いやりのある人だったら、その場は黙って見過ごし、外来が引けたところで自分の意見を述べるか、どうしても看過できないと思ったらメモにしてそっと差し出すかしただろう。

 その日の外来は、私と10年も先輩のB医師の担当だったが、診察室が2つあったわけではない。一つの部屋で机を挟んで相対していたのだった。 

 Aは茫然自失の体でいる私を尻目に、ご丁寧にも別の患者を診察中のB医師に、
「ねえ、B先生、そうですよね?」
 と、己の正当性を訴えたのだった。

著者プロフィール

大鐘 稔彦(南あわじ市国民健康保険阿那賀診療所院長)●おおがね としひこ氏。1968年京大卒。民間病院の院長、外科部長などを経て、99年より南あわじ市国民健康保険阿那賀診療所(兵庫県南あわじ市)院長。

連載の紹介

研修医必見!臨床のスキルとマナー
患者に選ばれる医師になるには?医療訴訟に巻き込まれることなく的確な医療を実践するには? ベテラン医が、自身が体験したエピソードをベースに、診療のコツや臨床医としてのマナーを説きます。

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