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日経おとなのOFF presents 医師の絶対教養 美術編

肥後の細川家が庇護した能楽の世界を堪能する

 今年は夏のお祭りも中止が多いようで、残念だ。祭りといえば屋台だが、屋台で必ず売られているものに一つに面がある。面は縄文時代の土偶にも使われていたほど古い歴史があるが、その完成形の一つが能面だと個人的に思っている。ちなみに、屋台で売られている面は「めん」、能面の面は「おもて」と読む。

 「おもて」と呼ばれながらも、能面は人のおもて側だけでなく、内側をも余すところなく映し出す。特に、中年以降の面では、皺の刻まれ方の違いで、その人生や性格を推測できそうだ。人生の中で、長年、何を想い、どんな表情をしてきたかを顔は記憶し、年を取ればとるほど、内面の想いがしわの一本一本に重く反映されてくる。

 人の“おもて”に日々接しながら、その内側を診る医療者にとって、能面は興味深いものではないだろうか。面がその人生を映し出すように、特に加齢とともに生じる病もその人生を反映しているのだから。

 能面は、翁(おきな)、尉(じょう)、怨霊、鬼神、男、女などに大別され、基本形は約60種類、アレンジも入ると二百数十種類もあるという。能面の魅力は、同じ面でも、角度や当たる光が変わることで、表情が豹変する点だろう。無表情の人を「能面のような顔」などと呼ぶが、能面ほど表情豊かな“顔”はないと個人的には確信している。

 魅力あふれる能面だが、演目中に、それをゆっくり思う存分鑑賞するのは難しい。上演の機会が限られる演目に使われる能面はなおさらだ。そんなフラストレーションに応えるような展覧会「翁―大名細川家の能の世界―」が東京都文京区で開催されている。これは、肥後(熊本)を治めた細川家に伝えられる能面や能装束などを展示するもので、細川家の文化財を所蔵する永青文庫で開催されている。国立の博物館、美術館に比べるとかなりこじんまりした展示で、前期後期あわせて展示作品は83点ではあるが、その分、ゆっくり鑑賞できる。ちなみに細川家は、江戸時代、加賀、薩摩、陸奥、尾張、紀伊に次ぐ(時代により多少前後するようだが)石高を誇る大大名だった。

 展覧会のタイトルにもなっている「翁」とは、能楽の中で最も古い演目で、天下泰平、五穀豊穣を祈るもので、祭礼にその起源があるようだ。正月初回や祝賀能のみで演じられるため、その舞台を鑑賞できる機会は少ない。

連載の紹介

日経おとなのOFF presents 医師の絶対教養 美術編
レオナルド・ダ・ヴィンチの時代、医学と芸術に境界はなかった――。いつの間にか生じてしまった医学と芸術の境界を埋めるため、日経メディカル Onilneと、人生をより豊かにするオフ生活情報誌「日経おとなのOFF 」がコラボし、同誌に掲載された美術展情報をお届けします。芸術好きの先生はもちろん、「美術展になんて興味がなかった」という先生方の“絶対教養”向上に貢献します。診療の合間の息抜きや、日常からのつかの間の逃避行に、お役立てください!

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