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日経おとなのOFF presents 医師の絶対教養 美術編

2019年に絶対見るべき美女たち(4)
華やかなバーで彼女はなぜ虚ろなのか?
作家・ドイツ文学者の中野京子氏と読み解く

2019/08/10
大旗規子=ライター

 「マネの作品で私が好きなのがこの1枚」と中野さん。印象派の前駆として、400点余の油彩画を残した画家の絶筆、『フォリー=ベルジェールのバー』を見られるのが、9月から始まるコートールド美術館展だ。病魔と闘いつつ描いた渾身の大作だが、筆は冴さえ、ディテールの描写も素晴らしい。何より特筆すべきは、その凝った構図と中野さんは言う。

 主役の美女はバーガール(売り子)。背景は鏡像である。彼女の後ろにある大きな鏡が、客でごった返す店内の喧噪を映している。「同時代の作家、モーパッサンの小説『ベラミ』を読むと、この絵が店の実景を描いたものだということが分かります」(中野さん)。

 マネは、大理石のカウンターに並ぶ酒瓶のラベルの文字までリアルに描いた。が、なぜか1カ所だけ不自然。画面右に描き込まれた売り子の後ろ姿と、彼女の眼前に立つ男性の鏡像だ。

 カウンターに正対する美女を正面に据えているのだから、本来その後ろ姿は真後ろにあるはず。マネはそれを右にずらし、彼女と向き合う男の顔も描き入れた。「実はそこに画家の意図がある。『べラミ』の中に、その手がかりとなる描写があります。いわく、フォリー=ベルジェールのバーでは厚化粧をした売り子が飲み物と春をひさいでいた、と」。

 2人はどんな話をしているのだろう。男の言葉が彼女にとって、期待外れなものだったことは想像に難くない。その表情は、華やぐ店内とは対照的に虚ろだ。

 ここはパリ随一の人気店、バーガールは選りすぐりの美女。だが、若さと美貌に翳りが見えればクビになる。早くいいパトロンを見つけなければ――。「それが彼女のような女性たちが貧しさから抜け出す唯一の道でした。伴侶を見つけたいなら、バーガールにはならなかったはずです。春を売っていると思われてしまう職業ですから」。

 売り物の酒とともにカウンターを彩る美女。画家は、その表情と客の鏡像を同居させることで華やかな都市生活の現実を浮き彫りにした。「ベラスケスの『ラス・メニーナス』を意識したといわれるこの作品は、鏡のイリュージョンをうまく使った傑作です」。

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※プリントアウトはできませんのでご了承ください。(出典:日経おとなのOFF 1月号「2019年絶対に見逃せない美術展」)

連載の紹介

日経おとなのOFF presents 医師の絶対教養 美術編
レオナルド・ダ・ヴィンチの時代、医学と芸術に境界はなかった――。いつの間にか生じてしまった医学と芸術の境界を埋めるため、日経メディカル Onilneと、人生をより豊かにするオフ生活情報誌「日経おとなのOFF 」がコラボし、同誌に掲載された美術展情報をお届けします。芸術好きの先生はもちろん、「美術展になんて興味がなかった」という先生方の“絶対教養”向上に貢献します。診療の合間の息抜きや、日常からのつかの間の逃避行に、お役立てください!

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