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日経おとなのOFF presents 医師の絶対教養 美術編

ちょっと「怖い」、麗子がいっぱい展覧会が開催!
岸田劉生が愛娘に託した「卑近美」とは?

2019/06/08
アドバイザー/山田 諭さん(京都市美術館 学芸課長) 文/手代木 建 

 岸田劉生と聞いて誰もが思い浮かべるのは、一連の「麗子像」だろう。時にグロテスクにも見えるその表現から、彼が追求した美の本質が垣間見える。

 劉生はかつて「模倣の作家」と揶揄されたが、「それは誤解」と京都市美術館・学芸課長の山田諭さん。「そもそも近代以降の日本画壇が、西洋美術の後追いに終始していたなかで、劉生はむしろ、他の誰よりも真摯に独自の美を模索し続けたといっていい。先人の手法を次々と試したのは、自らの個性を最大限に生かす術を探るプロセスだったのです」。

 画家としての使命を思えばこそ、「描きたいもの」ではなく「描くべきもの」にこだわり、人間の内面が発する美の具現化に取り組んだ。ファン・ゴッホらポスト印象主義の次には、時代に逆行するかのようにデューラー、ヤン・ファン・アイクら北方ルネサンスの画家に傾倒。その後、初期の肉筆浮世絵や中国の院体画など東洋美術に関心を寄せ、本格的に日本画に取り組んだ。劉生独特の表現である「卑近の美」は、そんな彷徨の末、たどり着いた1つの境地なのだ。 「どんなにきれいな女性でも愛らしい子供でも、どこかに必ずグロテスクな部分を秘めています。そんな人間という生き物を本当の意味でリアルに表現する方法は、写実ではないと劉生は考えました。逆に写実をどこか欠如させ、代わりに画家の心の目が捉えた本質的な何かを盛り込んでこそ、野太い確かな美が完成するのだ…と。彼は、岩佐又兵衛などが手がけた初期肉筆浮世絵作品に、『でろり』とも表現されるそうした『卑近の美』を見出したのです」

 劉生の芸術がいかなる展開を遂げたかをたどるために、山田さんは麗子像を制作時期の順に鑑賞することを提案する。最初に描かれた『麗子肖像(麗子五歳之像)』はなるほどフランドル絵画の巨匠、ヤン・ファン・アイクを思わせる。その後の作品、特に油彩画を追っていくと、「写実の欠如」と「でろり」化がじわり進んでいくさまが見て取れる。

 「1921年の『麗子微笑』は、写実性と卑近美とのバランスが見事に取れた佳作。重要文化財に指定されているのもうなずけます。これ以降は、見ようによっては気味が悪いほど、卑近美が強調されていきます」。

 さらに深く味わうために知っておきたいのは、麗子像は「存在論」を提起する作品でもあることだ。この世界に麗子という宝物のような娘が存在することの不思議さに寄せる深い思いを、画面から読み取りたい。「そうした意味では、『麗子像』は風景画の代表作『道路と土手と塀(切通之写生)』の延長線上にある。人と自然、そして物の『存在』は、劉生がこだわり続けたテーマなのです」。

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※プリントアウトはできませんのでご了承ください。(出典:日経おとなのOFF2019年1月号)

連載の紹介

日経おとなのOFF presents 医師の絶対教養 美術編
レオナルド・ダ・ヴィンチの時代、医学と芸術に境界はなかった――。いつの間にか生じてしまった医学と芸術の境界を埋めるため、日経メディカル Onilneと、人生をより豊かにするオフ生活情報誌「日経おとなのOFF 」がコラボし、同誌に掲載された美術展情報をお届けします。芸術好きの先生はもちろん、「美術展になんて興味がなかった」という先生方の“絶対教養”向上に貢献します。診療の合間の息抜きや、日常からのつかの間の逃避行に、お役立てください!

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