研修医 先生、お疲れさまでした。今日は患者さんが多かったですね。
指導医 そうだね。毎年この時期は気候も良く、一番患者さんが少ないんだけど、一方で、春の職場健診で異常を指摘された方が夕方の時間帯に受診することも多いんです。さて、今日は初診の患者さんを診察してもらったけど、ちょっとプレゼンしてもらえますか。
研修医 はい。59歳の男性、Aさんで、他のクリニックに高血圧で通院中の方です。先月受けた職場の健診で、初めて心電図上「心房細動」を指摘され、当院に紹介されました。健診は毎年受けていましたが、昨年までは心電図異常は指摘されていなかったそうです。症状は、健診を受けた後からときどきなんとなく左胸が重苦しい感じがしますが、それほど気にならないとのことでした。
心音は不整で心雑音は聴取せず。両肺野にクラックルは聴取せず。下腿浮腫は認められませんでした。
指導医 心音は不整だったのですか。心電図はどうでしたか?
研修医 心拍数88/分の心房細動でした。健診の時の心電図も心拍数90/分の心房細動です。健診の時は特に自覚症状がなかったとおっしゃっていました。
指導医 わかりました。さて、ここまで情報を得て、次にすべきことは何でしょうか?
研修医 はい。まずAさんの心房細動がいつから始まったのか、発作性なのか慢性なのかは、治療法を考える上で知りたいところです。紹介状では明らかではありませんので、まず前医にそのことを確認します。その上で、必要であればホルター心電図などを考えます。
指導医 うん、それも確かに大切ではあるね。先生が診察した後、僕が紹介元の先生に電話で確認しましたが、1カ月前の診察時は脈に不整はなく、半年前に施行された心電図は洞調律だったとのことです。
研修医 Aさんは慢性心房細動と言っていいのでしょうか?
指導医 その問いに答える前に、まず心房細動の人を初めて診た場合、どういう情報を収集すべきかについて考えてみましょう。そもそも心房細動を治療する目的ってなんだと思います?
研修医 え? いきなり言われても…。えーと、やはり動悸などの症状を取ること。それから脳梗塞や心不全といった合併症を防ぐことでしょうか。
指導医 うん。今のところはそれでいいでしょう。前回、心房細動の特徴として、動悸などの症状を有する1つの疾患であると同時に、脳梗塞という生命に関わるイベントのリスク因子でもあるという二面性を挙げましたね。心房細動の治療においては、まさにこの両者、すなわち疾患としての症状を取り除くことと、脳梗塞を起こさないこと、もっとまとめて言えば、患者さんの生活の質(QOL)を改善することと、生命予後を改善することの2つが大きな目的と言えますね。
ただし、心房細動の場合、両者を同時に満足させることが他の疾患ほど簡単ではないのです。例えば、気管支喘息のような病気の場合、喘息発作の改善がQOLを改善し、同時に喘息死も減らすことになりますが、心房細動の場合はそう単純ではありません。心房細動発作を減らす治療のうち、薬物により洞調律を目指すことは必ずしも予後の改善に結びつきませんし、予後改善のための治療法としては、抗凝固療法などがまた別に存在するわけです。
つまり、治療のゴールとして、QOLと生命予後の改善の両者が一直線に結びついていないため、それぞれ別な戦略を立てなければならないのです。初診時は、その2つの戦略を見据えた情報収集が必要になります。
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著者プロフィール
小田倉弘典(土橋内科医院〔仙台市〕院長)●おだくら ひろのり氏。1987年東北大医学部卒。仙台市立病院循環器科、国立循環器病センター、仙台市立病院循環器科医長を経て2004年より現職。ブログ「心房細動な日々」

連載の紹介
プライマリケア医のための心房細動入門
患者数が増え続け、治療方針も大きく変化している心房細動。循環器疾患を専門としないプライマリケア医向けに、実際の症例や最新のエビデンスを交えながら、心房細動の診断、治療を“分かりやすさ最優先”で解説します。
『プライマリ・ケア医のための心房細動入門』が書籍になりました
本連載のバックナンバーを大幅に加筆・修正し、書き下ろしも加えて全体を再構成。2014年1月に発表された「心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)」の内容も踏まえ、「リスクマネジメント」の視点から心房細動診療の進め方を分かりやすく解説しました。(小田倉弘典著、日経BP社、3500円税別)
この連載のバックナンバー
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