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Dr.西&Dr.宮森の「高齢者診療はエビデンスだけじゃいかんのです」

第20回
グリーフケアは病棟だけでは完結できない

2019/08/02
西 智弘(川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター)

 ヤスダさんは65歳の男性。若いころから凄腕の外科医として活躍し、45歳の時に、手術室の看護師だった15歳年下の妻を迎えた。その後、50歳で一人娘を授かり、自身は大学病院の外科部長として順風満帆な人生を送ってきた。しかし、60歳の時に大腸癌が見つかり、手術を受けたが、その3年後に再発。抗癌剤治療を繰り返し受けてきた。大学病院での抗癌剤治療を受けながら、再発直後から緩和ケアは自宅の近所にある、Dr.ニシの外来に通院。当初は本人のケアよりも、妻の不安が強いことから、看護外来や、健康相談ができる施設である「暮らしの保健室」など院内外の資源を用いて家族のサポートを行った。

 2年間抗癌剤治療を続けてきたが、効果が徐々に乏しくなり、癌が腫大してきたことで衰弱も進行。通院も困難となり、緩和ケアに専念するためDr.ニシによる訪問診療が開始された。妻は、自宅で夫をかいがいしく世話しており、当初はヘルパーや訪問看護師に対しても「私一人で大丈夫ですので」と拒否的であった。Dr.ニシの説得により、渋々、訪問看護師も入ることになったが、妻は元看護師ということもあってか、看護の方針に口出しをしているようだった。

 訪問診療になってから、あまり不安を口にしなくなった妻だが、ある時玄関の外までDr.ニシを見送りつつ「娘にはどのように伝えていくべきでしょうか」と相談してきた。「私から娘さんに話すこともできますが」とDr.ニシは答えたが、妻は少し考えて「いえ、大丈夫です。折をみて私から話します」と言い、家に戻ってしまった。

 ヤスダさんの病状は徐々に悪化し、肺への転移から呼吸苦が悪化してきた。モルヒネを開始しても症状は改善せず、妻の希望で緩和ケア病棟に入院。「もう残された時間は1~2週かと思います」とDr.ニシが妻へ説明した際に、妻は「私がふがいないばかりに夫を入院させてしまって。実はまだ、娘にも詳しい話ができていないんです! お父さんが頼りだったのに……。私はどうしたらいいのでしょう?」と、急に泣き出してしまった。


著者プロフィール

西智弘(川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター腫瘍内科/緩和ケア内科)●にし ともひろ氏。2005年北海道大学卒。家庭医療専門医を志し、室蘭日鋼記念病院で初期研修後、緩和ケアに魅了され緩和ケア・腫瘍内科医に転向。川崎市立井田病院、栃木県立がんセンター腫瘍内科を経て、2012年から現職。

連載の紹介

Dr.西&Dr.宮森の「高齢者診療はエビデンスだけじゃいかんのです」
多様な患者さんの姿をユニークに捉え、楽しみながら高齢者診療を行う宮森正氏の「経験から得た言葉や技術」を、それを支えるエビデンスと共に愛弟子の西智弘氏が綴ります。腫瘍内科と緩和ケアの統合を目指し、腫瘍内科・緩和ケア・在宅診療を、ケアセンター科が一括して担う川崎市立井田病院ならではの取り組みも併せて紹介していきます。

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