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トラブルを迎え撃つ心構え(その2)
クレーム患者の「本当の不満」を見抜く方法

2012/08/06

 患者トラブルに対応する時は、初めから予断を持って臨んではならない。心を落ち着け、患者側からの苦情・クレームの内容を客観的に受け止めることが大切だ。単なる誤解なのか、それとも正当なものか。そこを吟味せずに過剰反応してしまうと、逆に医療機関の側からトラブルをつくり出してしまうことになる。

 事実というのは、見る人の立場によって、いろんな見え方をする。視覚や聴覚を通じて脳に情報が伝わるだけでなく、それが喜怒哀楽を喚起したり、さまざまな感情や先入観などを呼び覚ましたりして、情報は“加工”されて認識されるからだ。

 ある患者が怒っているとする。職員Aは、患者の怒りを10段階で表すと8ぐらいだと思っていても、職員Bは3ぐらいにしか思わないかもしれない。人というバイアスを通すと、事実はかなりねじ曲げられるので、その辺りを考慮して、事実関係を整理していくことが大事だ。

若手職員には表情を読む訓練が必要?
 少し話がそれるが、ある販売コンサルタントから、「最近の若者の中には、客の表情の変化を読み取ることができない人が多い」という話を聞いた。これは物販店での話だが、お客が店員の接客の悪さにむっとして帰っていったのを見ていた店長が、その店員を呼んで「今、お客さん、怒っていたけど何があった」と聞くと、「怒ってましたぁ? 別に普通だったと思いますけど」という答えが返ってきて、ショックを受けたという。

 若い世代はメールでのコミュニケーションを中心に育ってきたので、人の表情を読むのが得意ではない人が増えているそうだ。我々の世代では考えられないことだが、この販売コンサルタントが若い販売員を教育する時には、顔の表情を読む訓練を欠かさずに行うとのこと。若い職員の教育に当たっている現場の長の方々は、この点を意識して教育に臨むといいかもしれない。

 さて、話を本題に戻そう。起きた事実を正確性と客観性を保ちつつ把握するには、まず、起きた出来事を時系列で紙に書いて整理することを勧めたい。できれば問題患者が何と言ったのか、それに対して医療機関側はどう答えたのか、一言一句できるだけ正確に再現する。

 診断がらみのクレームの場合は、経過の整理が特に重要になってくる。カルテを見ながら行った処置を時系列で振り返りつつ、医師はその時、なぜそういう診断を下したのか、副作用や治療効果についてどんな説明をしたか、それに対して患者は納得していたのか、もう一度、事実をたどる。投薬ミスが疑われている時は、添付文書を再度確認する。

 次に、問題を起こしている患者はどんな人物なのかを書き出してみる。通院歴のある患者であれば、過去の治療歴とその後の経過、当時の受診態度、加入している健康保険の種類、家族構成、勤務先、患者の性格や院内での評判などが知りたいところだ。初診患者の場合でも、保険証で勤務先くらいは分かる。

 これらはトラブル対策を考える上での貴重な材料になる。ほかに気になった点があれば、多少主観が入っても構わないので、書き込んでおいてもいいだろう。

患者の夫の態度が急変したワケ
 患者が猛烈な勢いでクレームを言ってきた時、それをしっかりと聞いてあげるのはとても大事なことなのだが、患者側の主張をそのまま額面通りに受け止めたがゆえに、対応を誤ってしまうケースもしばしば見受けられる。

 実は、患者が言葉に出している「不満・要求」と、心の底で思っている本当の「不満・要求」は食い違っていることがある。例えば、こんなケースがあった。

 訪問診療を行っているA医院。数年前から診ている高齢の女性患者がいるのだが、最近、看護スタッフが患者の家を訪れるたび、何かにつけて患者の夫がクレームを言うようになった。

「あなたは態度が悪いからもう来なくていい」と言ってみたり、スタッフのちょっとした言葉に「それはどういう意味だ」と食ってかかったりする。患者の検査結果を記録している日誌を出してほしいと頼んでも、「さあ、どこにいったかな」などと言ってなかなか出してくれない。以前なら、言わなくても出してくれていたという。

 患者の夫はなぜ急変したのだろうか。患者家族の不満や不平を額面通り受け取ると、そこから得られるメッセージは、以前に比べて接遇レベルが落ち、それを不満に思っている、ということになる。

 実際、この診療所では、訪問専門の看護師1人が患者宅を回る体制から、診療所の看護師3人が交代で患者宅を回る体制に変えたばかりだった。診療所の院長も、患者はこの体制変更が気に入らなかったのではないか、と推測していた。

 私は院長から「もうこの患者を診たくない。診療を断ることはできるだろうか」と相談を受けた。院長の推測は当たっているかもしれないが、それにしては患者の夫の反発が強すぎる。この診療所にはずっと世話になっていたはずだ。「サービスが少し落ちたくらいで、そこまでするだろうか、普通では考えられない」との思いがよぎった。

 院長には、「一度、患者の夫とじっくり話をしてみたらどうか」とアドバイスした。実際に院長が患者の夫に連絡して面会し、「今日は心おきなく何でも話してください」と誘い水を向けたところ、予想外の答えが返ってきた。それは院長に対する不満だった。

「院長が診察に来ると、まるで子どもを諭すような口調でいつも話す。妻は診察後に『子ども扱いされた』と悲しそうだった」

 院長としては、相手の目線で丁寧にコミュニケーションを取ったつもりだったが、相手には「尊厳を傷つける行為」として受け止められたのだ。これが医院に対する不信感を生み、看護スタッフへの迷惑行為につながった。

著者プロフィール

尾内康彦(大阪府保険医協会事務局参与)●おのうち・やすひこ氏。大阪外国語大学卒。1979年大阪府保険医協会に入局。年400件以上の医療機関トラブルの相談に乗り、「なにわのトラブルバスター」の異名を持つ。著書に『患者トラブルを解決する「技術」』(日経BP)がある。

連載の紹介

なにわのトラブルバスターの「患者トラブル解決術」
病医院を構えている限り、いつどんな患者がやって来るかわかりません。いったん患者トラブルが発生し、解決に手間取ると、対応する職員の疲弊、患者の減少という悪循環を招き、経営の土台が揺らぎかねません。筆者が相談に乗った事例を紹介しながら、患者トラブル解決の「真髄」に迫ります。
著者の最新刊『続・患者トラブルを解決する「技術」』好評販売中

 ますます高度化、複雑化する患者トラブルに、医療機関はどう対峙していけばいいのか。ご好評をいただいた前著『患者トラブルを解決する「技術」』の続編として、解決難易度の高い患者トラブルの対処法を体系的にまとめました。前著が基礎編、本書が応用編の位置づけですが、本書だけでも基本が押さえられるように構成しています。(尾内康彦著、日経BP社、2052円税込)

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