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てんかん患者の免許取得事情、現行法は「北風」

2015/04/10
中里信和

 今回紹介するのは、現行の改正道路交通法が施行される以前の話です。

てんかんをもつ看護師のNさん
 てんかんをもつ看護師のNさんは、隠れて車を運転していました。この事実は、思わぬところで発覚します。なんと私の外来を受診するために自分で運転して来たところを、病院の駐車場で私が目撃してしまったのです。

診察室で素知らぬ顔の私「前回の診察では、同僚の方が動作停止の発作を目撃したということで薬を変更しましたよね。今日まで3カ月間、どうでしたか?」
Nさん「大丈夫です、発作はありません。体調も良好です」
「それは良かった。この薬はもう少し増やす必要がありますが、以前の薬は中止してみましょう。ところでNさん、前回も説明したように、発作ゼロが2年間続くまで車の運転は禁止ですからね」

患者の多くは自分の発作を知らない
 Nさんは5年前、自宅で睡眠中に全身痙攣を起こしてある総合病院の脳神経外科を受診しました。右側頭葉に海綿状血管腫が見つかって抗てんかん薬が開始されましたが、その後も3回全身痙攣を繰り返したため、私が出張していた病院のてんかん専門外来に紹介されたのです。

 当初Nさんは「全身痙攣以外の発作はない」と主張していました。本人の許可を得て勤務先の同僚看護師に電話で聞いたところでは、Nさんは時々一点を見つめるように動作を停止し、呼び掛けに応答しない状態が2~3分続くということでした。これはてんかんの複雑部分発作です。しかし本人の自覚がないため、同僚の証言を信じません。それどころか、「やりがいを感じていた手術室での勤務を外されて現在の外来勤務に配置替えされたのは理不尽だ」とNさんは語っていました。

医師の守秘義務が優先されていた時代
 当時の私は、直球勝負でNさんに向かいました。私は、Nさんの海綿状血管腫は側頭葉てんかんの発作を説明できる部位にあること、動作停止・意識減損の発作は本人が自覚できないため前兆の有無にかかわらず車の運転や危険な作業はできないこと、発作が2年コントロールされない限り法律上運転は許可されていないこと――などを説明しました。

 しかしNさんは反論します。通勤に公共交通機関は使えないため運転不可は失職を意味すること、発作の前に「なんとなく変だ」と気付くので運転中は車を停止できるはずであること、動作停止・意識減損の発作の証言も勤務先での嫌がらせが背景にあり、同僚の証言全部を信じないでほしいこと――などを訴えられました。

 私とNさんの議論は平行線が続きました。Nさんは一人暮らしなので、家族を説得することもできません。当時の法律では医師の守秘義務が何よりも優先されていましたから、運転免許のことを勤務先や公安委員会に通報することもできませんでした。

著者プロフィール

中里信和(東北大学てんかん科教授)●なかさとのぶかず氏。1984年東北大学医学部卒。東北大学脳神経外科研修医・同助手、カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部研究員、広南病院臨床研究部長・同副院長などを経て、2010年より現職。国際てんかん連盟ガイドライン委員会委員。

連載の紹介

中里信和の「てんかん科日誌」
有病率は約1%、日本では100万人もの患者がいるといわれるてんかん。その診療はここ数年で激変していますが、最適な治療に出会えずにいる患者の多くは人生を諦めたままでいます。筆者が経験した症例を紹介しつつ、患者の人生を変え得る「てんかん診療の喜び」を伝えます。

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