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サンフランシスコで私はなぜ手を洗ったのか

2019/01/21
森井大一

 医者になって数年の間、清潔操作を除く日常診療の場で、手を消毒したり洗ったりすることはほとんどなかった。

 筆者は2005年に医師免許を受けてから、初期研修2年と救急での後期研修3年を中国地方のとある病院で過ごした。院内に感染対策の専門部署はすでにあったし、当時としては珍しくICN(感染管理看護師)が2人もいた。2007年4月から医療法施行規則で全ての医療機関に院内感染対策が義務付けられてはいたが、2012年の診療報酬改定で感染防止対策加算が新設されて感染対策の重要性が一気に認識されるようになった。そういう時代状況を思い返してみても、筆者の研修したその病院は、感染対策という点で平均より一歩進んでいたといっていいだろう。

 「患者に触れた後、手指衛生をすべきか?」と面と向かって聞かれたら、当時の筆者も当然のように“イエス”と答えたと思う。ただ、それでも、手指衛生の必要性を本当にきちんと理解していたかと言われれば、否と答えるよりない。実のところ、手指衛生のことを考えたことなどほとんどなかった。そこまで勉強している余裕がなかったと言うより、もっと単純にその重要性を軽視していた。漫然と「自分自身の行動の鋳型として他者の行動を使って」1)振る舞っていたのだ。そして、その結果として、手指衛生をほとんど遵守していなかった。

 当時の客観状況を少し思い出すために、厚生労働省の通知における「手指衛生」を拾ってみると、「手洗い及び手指消毒のための設備・備品等を整備するとともに、患者処置の前後には必ず手指消毒を行うこと」という医療者の手指衛生に関する具体的な文言が入ったのは、2005年(平成17年)2)が初めてである。この一文は、同通知が改正された2011年(平成23年)3)及び2014年(平成26年)4)を経てなお現在まで引き継がれている。

 これ以前はというと、1991年(平成3年)の通知5)に、「手洗いの励行は感染経路を遮断する最も有効で簡単な方法である。医療業務の中で石鹸と流水により頻回に手洗いを行うことが最も良いと考えられる」とある。「頻回」とは書かれているものの具体的なタイミングについての記載はなく、速乾性アルコール消毒剤がなかった時代の書きぶりとしては、これが限界だったろうと思われる。ちなみにWHOが手指衛生の5つのタイミングをガイドライン6)に書き込んだのが2009年(平成21年)、さらにその下敷きとなったCDCのガイドライン7)が出たのが2002年(平成14年)である。

著者プロフィール

森井大一(もりい・だいいち)●大阪大学大学院医学系研究科博士課程。2005年3月大阪大学医学部卒業、同年4月国立病院機構呉医療センター、2010年大阪大学医学部附属病院感染制御部、2011年米Emory大学Rollins School of Public Health、2013年7月厚生労働省大臣官房国際課課長補佐、2014年4月厚生労働省医政局指導課・地域医療計画課課長補佐、2015年4月公立昭和病院感染症科を経て今に至る。2018年から阪大病院の感染制御部医員も兼務。

連載の紹介

森井大一の「医療と経済と行政の交差点」
救急医として医師のキャリアをスタートさせた後、感染制御に越境し、公衆衛生を学んだ上で、厚生官僚を経験。現在はノーベル賞受賞で話題の行動経済学を医療に応用すべく研究を進める筆者に、 医療と経済と行政が交わる地点に立って思いの丈を語っていただきます。

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