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先進国の中で際立つ日本の臨床研究力の惨状
なぜ日本では臨床研究が軽視されてきたのか

2014/06/18

 どこの先進国でも臨床研究に通じる医師(以下、臨床研究医師と略する)は引く手あまたで、日本以外では医師にとって魅力あるキャリアパスの一つである。

 臨床研究医師はグローバル製薬企業の開発部門で厚遇され、ハーバードメディカルスクールを卒業した医師が多く、医師にとって魅力的な就職先となっている。また、シンガポールのような国は政府が主導して外国から臨床研究医師をアカデミアにヘッドハンティングするなどして、臨床研究力を急速に伸ばしている。

 しかし、日本では状況が全く異なる。米国で創薬ワークショップに参加すると、日本の内資系企業も参加しているが、開発の責任者は外国人の臨床研究医師であり、日本人医師が研究開発部長であることはほとんどない。

 日本の大学の医師は治験(薬事承認を取得するための臨床試験)を煩わしいものと捉える傾向があり、国内の製薬企業の開発部門に臨床研究医師はほとんどいない。そのため、日本人医師が新薬開発のイニシアティブを握ることができていないのだ。

 これでは、いくら国の審査を早くしたところで、サッカーで言えば、審判がフィールドにあふれ、プレイヤーが不在である状況と同じで、根本的なドラッグラグ、デバイスラグの解消は期待できない。国の審査が通っていない未承認薬や未承認医療機器を「混合診療」で自由に使いたいという議論が周期的に賑やかになり、医師会は毎回のごとく大反対しているが、単なる規制緩和だけでは解決しない問題である。

 外科学会の医師も新しい医療機器を使いたがるが、治験に熱心に取り組む外科医はごく一部である。とはいえ、急に治験に取り組むことも、通常診療で忙しい医師には難しい。また、治験や臨床研究をいくら頑張ってもラット、マウスの実験を一生懸命行った医者の方が評価されて教授になり、いずれどこかの大病院の病院長に就任する。当然、そうした病院長が治験や臨床研究に理解を示すことはない。

外資系製薬会社に「黄金の国ジパング」と揶揄される実態
 一方、日本の基礎研究のレベルは高いと言われるが、誰がその恩恵を受けているか考えてみてほしい。

 ライフサイエンス領域で日本は、iPS細胞のノーベル賞を始めとして米国に次ぐ銀メダル、あるいは銅メダルを狙える位置にある。しかし、日本の臨床研究力は長年、予選落ちの状態で放置されてきたために(最近は中国にも抜かれている状況)、日本国民の税金が投入された基礎研究の成果は、米国の製薬企業等に活用されているのが現状だ。

 例えば、肺癌の新薬で知られるクリゾチニブ(商品名ザーコリ)であるが、米国ファイザー社が日本で行われた遺伝子変異に関する基礎研究の成果を活用して実用化を加速し、日米欧などで一気に薬事承認を取得、世界中で薬剤を販売している。日本の内資系製薬企業はその研究成果を生かすことができなかった。

 日本では基礎研究の豊富な果実を自由にもぎ取れると、外資系製薬企業から「黄金の国ジパング」とみなされているという話を聞いた。日本の基礎研究は知的財産権取得の支援が薄いこともあり、外国の企業にタダ同然で使わせている。せめて知財権を取得していれば日本の大学に資金が入るが、それもない。

 昨今、バイオ医薬品の薬価は高く、我が国の医薬品輸入超過の大きな要因となっている。日本がバイオ医薬品の開発に乗り遅れたために、ドラッグラグを解消すればするほど公的保険財源を圧迫する結果となっている。医療の公的財源のパイには限りがあるので、そのしわ寄せはどこかに現れるだろう。

 もちろん新しい医薬品や医療機器の恩恵を受ける患者にとって、早期にアクセスできることは福音であるわけだが、先端医療を促進しつつも国民皆保険制度が外国への「円の吸い上げ装置」にならないよう、医師側も戦略を練らなければならないと考える。

 米国の一流大学、一流病院は戦略性が高く、企業からの収入が潤沢で、幹部のマネジメント力も高い。医療を成長産業の柱の一つにしている。日本の医学部や大学病院はいつまで霞ヶ関への依存を続けるのだろうか。むしろ医学部や大学病院がマインドセットを変え、日本の医療を変革するぐらいの視点がなければ、国民皆保険制度を維持できなくなってしまうし、先端医療が促進されることもないだろう。

著者プロフィール

宮田俊男(日本医療政策機構エグゼクティブディレクター、医師)●みやたとしお氏。
1999年早大理工学部(人工心臓開発)卒、2003年阪大医学部卒。7年臨床(心臓外科)に従事した後、厚労省へ。退官後、2013年より現職。内閣官房の戦略推進補佐官、神奈川県黒岩祐治知事の顧問、国立がん研究センター政策室長なども兼務。Twitterはこちら

連載の紹介

宮田俊男の「医師こそ戦略思考を」
日本の医療政策は難しい舵取りを迫られています。国民皆保険制度を維持し質の高い医療を提供するために、どのような医療政策が必要なのでしょうか。一人ひとりの医師がマクロな視点から医療を捉え、ベストな戦略を考えることが大切です。ここでは、そのための話題を提供します。

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