日経メディカルのロゴ画像

その疾患啓発は正しい「啓発」か「喧伝」か

2015/04/22
宮岡等

 疾患に関する正しい情報を一般市民に伝える「疾患啓発disease awareness)」の重要性はよく知られている。最近はマスメディアを通しての疾患啓発が増えた。早期発見と診断、治療が明らかな転帰の改善につながるのであれば、疾患啓発の果たす役割は大きい。

 しかし最近、それほど治療が必要とはいえない、あるいは早期の治療で必ずしも症状や転帰が改善するとは限らない疾患であるにもかかわらず、特定の疾患の早期発見や治療の重要性が製薬会社によって強調されることがある。製薬会社の意図は、その疾患に効果があるとされる薬剤の売り上げ増加にある。しかしその傾向が強すぎると、もはやそれは疾患啓発ではなく「疾患喧伝disease mongering)」といわれるようになる。

 疾患喧伝とは、製薬企業が販路を広めるために特定の病気を必要以上に問題化し、治療を勧めることをいう。多くの場合、医学領域の専門家と共同して行われる。精神疾患の場合は、薬剤だけでなく非薬物療法に関係する喧伝もある。精神療法や社会復帰などの非薬物療法に関するDVDや書籍を販売する企業が、精神疾患と診断される範囲を広げようとしていると思えることがある。これも疾患喧伝の1種といえよう。

「啓発」の範囲はどこまでなのか?
 どこまでが適切な疾患啓発で、どこからが疾患喧伝なのかという判断はなかなか難しい。身体疾患では、高脂血症や軽症高血圧、メタボリックシンドロームなどにおいて、その境界が問題となることが多い。精神疾患ではうつ病や不眠症、認知症、大人における注意欠如・多動性障害(ADHD)などで問題となりやすい。

 確かに、議論となる疾患の多くは薬物療法が有効であるとされている。認知症のように、新たな薬剤の発売に伴い、早期診断、治療が強調され始めた疾患もある。

 ここで、筆者の専門とする精神疾患について考えてみる。日本の抗うつ薬は、フルボキサミン(商品名ルボックス、デプロメール)の治験以来、薬剤と、薬剤としての活性のないプラセボとの比較で治験が行われている。しかし、ほとんどの薬剤の効果はプラセボと大きな差がついていない。

 また、レビュー文献などを見ると、重症うつ病では抗うつ薬の効果がプラセボに優るが、軽症うつ病ではプラセボと差がないとされている(宮岡等著「うつ病医療の危機」日本評論社、2014年)。さらに副作用の可能性まで考えて総合的に評価すると、うつ状態が軽症であれば抗うつ薬療法を行う意義は少ない。

 それにもかかわらず、「うつ病と診断→抗うつ薬療法」という考え方が広まっているし、精神科医でもそう信じている者が少なくない。精神科医以外の医師が抗うつ薬を使う機会も増えたが、「うつ→抗うつ薬」の傾向はさらに強まっているように思う。

著者プロフィール

宮岡等(北里大学名誉教授、東北医科薬科大学臨床教授)●みやおかひとし氏。土佐高校卒、慶應義塾大学卒。東京都済生会中央病院精神科、昭和大学精神科を経て1999年5月から2021年3月まで北里大学医学部精神科学主任教授。2015年7月から2020年3月まで北里大学東病院院長(兼務)、2017年7月から2019年6月まで神奈川県医師会理事。

連載の紹介

宮岡等の「精神科医のひとりごと」
精神疾患患者の増加に伴い、精神科診療に関わる医療従事者は今後ますます増えていきます。精神科医はもちろん、精神科以外の医療従事者にも知っておいてほしい精神医療の現状や課題を、筆者が伝えます。

この記事を読んでいる人におすすめ