日経メディカルのロゴ画像

テオフィリン中毒事件
病理解剖の結果を否定した理解しがたい判決

2014/09/02
峰村健司

 さて、今回から実際の裁判の流れについても説明を加えつつ、事例を紹介していきたいと思います。

 民事訴訟で行われていることを大雑把にまとめると、
1)原告、被告が各自の主張を出し合い、主張が一致する点と異なる点(争点)を明らかにし、
2)各自が主張を裏付けるための証拠を提出し、
3)それらの主張、証拠を基に、どちらの主張がより事実らしいかを裁判官が判断し、
4)裁判官が認定した事実を法律に照らしたときに、原告からの被告に対する請求が認められるべきか否かを判決する。
 といったところです。

 この仕組み自体は、裁判官が公正であるかぎり、至極公平に働かせられると思われます。しかしそうは言っても、医療訴訟ならではの難しい面があります。

 原告が、医学的見地からは不合理と思われる主張をしたとしても、医学の素人である裁判官が裁く裁判所においては、それもれっきとした争点として扱われ、激しく争わざるを得なくなる場合があるということです。医学的見地からはばかばかしいと思われる言い分が、あまりに当たり前であるために裁判官に理解させることが難しかったり、あるいは裁判官による証拠の取捨選択の結果によって、医学的見地からの説明が難渋を極めることがあるのです。

 今回は、私の眼にそんなふうに映った事例をご紹介します。報道を賑わした事件で、何となく覚えている方も多いのではないでしょうか。

◎テオフィリン中毒事件[千葉地裁平成15年(ワ)第202号、訴訟名は独自の命名]

【事件の概要】
 喘息治療中の17歳少年が、正月未明に被告病院の救急外来を受診した。喘息治療中であることを知っていた救急担当医師が、テオフィリンの血中濃度測定を行ったところ、致死量のテオフィリンが検出され、血液吸着療法などを施行するも、同日死亡した。死亡原因は、テオフィリン中毒による心不全、ならびに出血性ショックとされたが、出血の原因は不明であった。

【裁判に至った経緯】
 少年は、以前から喘息治療のため、地域の基幹病院である被告病院に入院・通院をしており、テオフィリン製剤(テオロング)の処方を受けていた。2001年1月1日1時頃、少年はテオロングを服用した直後に嘔吐などの症状を訴えた。その後の経過は、以下の通り。

4:30頃 被告病院を受診し、担当医が診察。
8:00頃 血中テオフィリン濃度が103.50μg/mL(通常の上限は15~20μg/mL)と判明。
時刻不明 胃洗浄、活性炭投与。
14:23頃 抗凝固薬としてメシル酸ナファモスタット(フサン)を用いて血液吸着療法を施行するも、約27分後に回路内で血液凝固。
15:40頃 抗凝固薬をヘパリンに変更して血液吸着療法を施行するも、約20分後に回路内で血液凝固。血液吸着療法中止後の血中テオフィリン濃度は62.88μg/mL。

16:20頃および16:40頃 全身硬直痙攣発作を発症。
16:45頃 中心静脈ライン確保のために、右鼠径部にカテーテルを挿入したところ、シリンジ内で凝血塊が発生、またその数分後から血尿が出現。
17:10頃 心エコー施行。肺塞栓、冠動脈塞栓は否定的だったが、なお肺塞栓の危険を考慮して、ヘパリン5000単位投与。CTにて骨盤内に血腫を認めた。

18:40頃 収縮期血圧70mmHgに低下し、ICUに収容。輸血のためクロスマッチを行うも、結論が出ず。
20:35頃 Hb 2.9g/dL。
20:37頃 クロスマッチの結論を待たずに MAP輸血を開始、合計24単位施行。
20:40頃 心拍低下。蘇生措置するも21:28に死亡確認。

著者プロフィール

峰村健司(順天堂大学大学院医学研究科博士課程、こはら眼科)●みねむら けんじ氏。1967年生まれ。東京大学理学部を卒業後、旅行会社勤務を経て、東大医学部に再入学。関東中央病院眼科部長などを歴任。診療や研究の傍ら、医療訴訟の傍聴・記録閲覧に出向き、判決が真っ当か「トンデモ」かの検証を続けている。

連載の紹介

その判決、正当?不当? 医療裁判深層リポート
メディアで報じられる医療訴訟の判決内容に対し、医療者側から批判的な声が寄せられることは少なくありません。眼科診療の傍ら医療訴訟の傍聴を重ね、裁判記録に丹念に目を通してきた「医療訴訟ウオッチャー」が、「どうしてそんな判決が?」という現場の疑問に明快に答えます。

この記事を読んでいる人におすすめ