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死刑囚に慰謝料400万円の「なぜ」

2014/02/20
峰村健司

 さて、今回から裁判の仕組みを見ながら、事例を紹介していきたいと思います。まず今回は、裁判所とはどんなところかを見てみましょう。

 医療裁判のことを考えると、裁判所は怖いところ、何をされるか分からないところ、という印象を持たれるかもしれませんが、裁判所は、現代の国家にはなくてはならない国家機関です。人々のもめ事に最終的な決着をつける場所であり(民事訴訟)、反社会的行為に対して国家として罰を与えるか否かを決める場所でもあります(刑事訴訟)。

 国家機関として最終的な決め事をする場所なので、憲法でも「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」と規定して、裁判所での判断を求める権利を保障しています。ですから、医事紛争が発生して、患者や家族、遺族が望めば、裁判を起こすことを強制的に阻止する方法はありませんし、裁判を起こされたら、争うなり和解するなりと対応するしかありません。医療行為は訴訟禁止にできないものかと考えてみても、憲法で保障されている権利なのですから、仕方がないのです。

 憲法に「何人も」と書かれていることの効力は絶大で、外国人であっても、住所がなくても、なんと死刑囚でも、手続きさえ踏めば本当に誰でも裁判を起こすことができます。そして、その死刑囚が起こした医療裁判の例があるので、今回はそれを紹介したいと思います。最終的には和解となり、400万円の慰謝料が支払われ、新聞でも報道された事例です。

◎死刑囚失明訴訟[名古屋地裁平成17年(ワ)第3228号、訴訟名は筆者の命名]
【事件の概要】
 原告は、20年近く前の事件である、マニラ連続保険金殺人事件の犯人。死刑が確定して名古屋拘置所に収監されていたところ、糖尿病網膜症を発症し、治療が遅れて失明したとして、拘置所を管理している国を相手に提訴した。

【裁判に至った経緯】
 原告は1954年生まれの男性。1977年ごろに糖尿病となり、3回の教育入院を受けていた。1997年の収監時検診では、HbA1c 9.1%だったが、1998年8月には5.7%まで低下し、その後も安定していた。

 1999年8月、右眼の痛みを主訴に眼科を受診。このときは抗菌薬の点眼で経過観察された。2000年1月、矯正視力は両眼とも1.0。同年2月、眼底検査にて右眼底下方に硝子体出血、両眼底に点状出血を認め、糖尿病網膜症と診断された。3月、左眼底に大きなしみ状出血を認めた。4月、右眼硝子体出血の増悪、左眼底しみ状出血の破綻が見られた。5月、網膜光凝固術(レーザー治療)ないしは硝子体手術を検討。6月に大学病院で蛍光眼底造影検査を施行し、網膜光凝固術および硝子体手術などの積極的治療を行ったが、最終的には右眼失明(光覚弁)、左眼矯正視力0.4となった。

著者プロフィール

峰村健司(順天堂大学大学院医学研究科博士課程、こはら眼科)●みねむら けんじ氏。1967年生まれ。東京大学理学部を卒業後、旅行会社勤務を経て、東大医学部に再入学。関東中央病院眼科部長などを歴任。診療や研究の傍ら、医療訴訟の傍聴・記録閲覧に出向き、判決が真っ当か「トンデモ」かの検証を続けている。

連載の紹介

その判決、正当?不当? 医療裁判深層リポート
メディアで報じられる医療訴訟の判決内容に対し、医療者側から批判的な声が寄せられることは少なくありません。眼科診療の傍ら医療訴訟の傍聴を重ね、裁判記録に丹念に目を通してきた「医療訴訟ウオッチャー」が、「どうしてそんな判決が?」という現場の疑問に明快に答えます。

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