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19歳で癌 山下弘子の旅立ち、癌治療のEBMとNBM

2018/03/28
中山祐次郎(総合南東北病院外科)

 こんにちは、総合南東北病院の中山祐次郎です。

 こちら福島県でも、ようやく暖かい日が多くなってきました。全国的にも桜の開花宣言があったり気温が上がったりと、少しずつ春の訪れを感じます。

 さて先日、ヤフーニュースにこんな記事が載っていました。
肝臓癌のため余命半年と宣告され、生命保険会社「アフラック」のがん保険CMにも出演していた山下弘子さんが亡くなったことがわかった。山下さんの夫が25日、公式サイトで報告した。
(日刊スポーツ 3/25(日) 11:19配信)

 この記事の山下弘子さんは、私の数年来の友人です。私は彼女の癌との闘いを間近で見ておりました。妹のように親しくしていて、ほぼ毎週、連絡を取り合っていたのです。彼女は約6年の闘病期間を経て、3月25日に亡くなりました。この原稿は同日書いているため、私はまだ動揺しております。ですから、今回は非常にnarrativeなお話です。私は癌の専門家として、普段はエビデンスを核としたEBM(Evidence based medicine)による医療を行っています。が、実は癌治療に欠かせないのはNBM(Narrative based medicine)です。EBMとNBMは、車の両輪のようにどちらもがうまく動いて初めて治療をすることができるのです。特に癌治療の場合、それは顕著です。
 
 そこで今回は、物語的な心の動きを書き出したいと思います。

 弘子さんと初めて出会ったのは、ある女友達が私に「富士山に登らない?」と誘ってきた時でした。女友達は、「弘子が富士山に登りたがっているので、一緒に登ってくれる医者を探している」とのことでした。弘子さんが肝臓癌に罹患し、今も化学療法中であると聞いた私は、非常に悩みました。そんな病人と富士山登山なんて大丈夫なのだろうか。もし登山中になにかあったら責任は取れるのか。そもそも、そんな人が登っていいのだろうか…。

 さんざん悩んだあげく、「どうしても行きたいと言っている、(中山が)行かないなら他の医者に声をかける」と聞いたので、私は行くことを決めました。そして当日、初めて彼女に会った私は驚きました。ショートパンツからすらりと出る脚は、どう見ても22歳の女子。はしゃぐ彼女を見て、これなら大丈夫かな…と思いつつも、登山の時には「無理に登頂を目指さない」ことを第一にしました。ま、彼女は「何言ってんの、絶対登るよ」と言っていましたが…。

 結果的には、特にトラブルは起きずに登頂をすることができたのですが、途中私はずっとヒヤヒヤしていました。肺転移もあり、抗癌剤治療中の登山だったからです。とはいえ私にできることなどほとんどありません。やったことといえば、持参したサチュレーションモニターでSpO2しょっちゅう確認(富士山では健常人でも80%台まで下がります)し、3人分くらい持っていった酸素を吸わせながら、様子を伺っていたことくらい。帰り道、どうしても歩けなくなり、馬に乗せてもらうサービスを利用したのを覚えています。その時、鞍に乗ったら馬糞が手についたらしく、下山後大笑いしながら私に話してきたのを覚えています。とにかく前向きで、明るい子でした。

 彼女はその後、いくつかの臨床試験に参加し、最終的には参加できる臨床試験がなくなってしまいました。本人もブログやツイッターで発信していましたが、それからいくつか保険適応外の治療を行なっていました。

 保険適応外と聞くと我々医療者は「え、大丈夫?」と思ってしまいます。が、担当していた先生方はみな素晴らしい先生方でしたし、結果的に弘子さんの予後をかなり延長してくれました。感謝しかありません。国内の医師から、その先生方を攻撃するような発言があるたびに彼女は悩んでいました。「ねえ、なんであんなこと言うの?」と。その度に私も返答に困りました。

 標準治療が終わってしまった後の患者さんに対して、我々癌の専門家は無力です。いえ、正確にいえば「標準治療が全て無効になってしまったが、もっと積極的治療をしたい」患者さんには無力、ですね。彼女はまさにここに当てはまりました。そういう人がどこに行けばいいのか。おそらくほとんどの場合、自由診療の癌治療を行っているところへ行っているでしょう。その中には、インチキで超高額なところもあります。この人たちのきちんとした受け皿がないのは、非常に大きな問題だと思っています。「エビデンスがあるのは緩和ですから、緩和へ行きましょう」では、納得いただけないでしょう。

著者プロフィール

2006年鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院外科で初期・後期研修後、同病院で大腸外科医師(非常勤)として勤務。2017年4月から総合南東北病院外科に勤務。消化器外科専門医、外科専門医、がん治療認定医、マンモグラフィー読影認定医。

連載の紹介

中山祐次郎の「切って縫うニュース」
世の中の医療・医学に関連するニュースを、若手外科医がバッサバッサと斬りまくり。でも、社会の病巣にメスを入れるだけでなく、切ったところをきちんと縫うのも外科医の仕事。だから「切って縫うニュース」。きれいに縫えるか、乞うご期待。

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