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世界のドラッグ・ラグ解消に向けて -必須医薬品の確保に向けたWHOの取り組み

2012/10/24
古賀大輔(世界保健機関)、江副聡(元国連合同エイズ計画)、橘薫子(世界保健機関)

 日本では「ドラッグ・ラグ」という言葉に代表されるように、海外で販売されているのに日本市場にない医薬品を迅速に導入してほしいという患者の声がある。一方、視野を世界に広げると、途上国では、より大きな規模で医薬品のアクセスの確保が課題となっている。今回は、グローバルヘルスの主要課題の1つ『医薬品のアクセス』に関して、WHOの取り組みを紹介する。

 医薬品アクセスの現状
 保健医療にとって医薬品は不可欠だが、国民皆保険制度の下、そして国際的に高い水準の医療アクセスの下で医薬品が提供されている日本は、世界の状況とは大きく異なっている。例えば27の途上国を対象とした調査によれば、公立の医療機関など公的セクターにおける必須医薬品(後述)の入手可能率の平均は34.7%。さらに、仮に必要な医薬品が物理的に手の届くところに存在したとしても、医薬品を必要とする人々に行き渡らせるのに大きな困難が生じている。多くの低・中所得国において医薬品は保健関係支出の15~30%を占め、家計においても医薬品の購入費用が保健関係の支出の最も大きな部分を占めるからだ。

 これらの問題が端的に表れたのがエイズである。2000年代に入り先進国では抗ウイルス薬の普及によりエイズは「治療できる病気」になったのに対して、途上国ではそもそも抗ウイルス薬がない、あっても高くて買えないという、『医薬品のアクセス』の問題が表面化したのである。

 近年、様々な供給者が市場に参加するようになり、価格低減へ向けて努力されるようになってから、次第に医薬品アクセスは改善されつつあるが、全体としてはまだまだ不十分である。医薬品アクセスの改善努力は当然なのだが、その反面、医薬品の品質・有効性・安全性が確保されていなければ、むしろ障害となる危険性がある。

 例えば、2006年にパナマで発生した咳止めシロップへのジエチレングリコール混入の死亡事例や、2008年に発生したヘパリン原薬への異物混入では深刻な健康被害が生じた。さらに世界中で使用されている経口避妊薬のうち、先進国で求められている基準を満たすものは全体の3分の1以下(国連人口基金;UNFPAの調査結果)だったり、抗癌剤や抗HIV薬など致死的な疾病に対する偽造医薬品の流通が確認されるなどの問題が生じており、アクセスと品質・有効性・安全性確保が重要となっている。

 特に後者の偽造医薬品への対応については、WHOが国際機関として大きな役割を果たさなければならない。日本を含めた先進国では過去の経験から、医薬品の品質・有効性・安全性確保のための規制・制度が確立されていったが、国際的な視点で見ればまだまだ未整備な分野だからだ。

 以下、品質・有効性・安全性が担保された医薬品の確保に向けたWHOの主な取り組みについて解説していきたい。

必須医薬品(Essential Medicines)の概念
 医薬品分野におけるWHOの活動は、必須医薬品へのアクセス、医薬品の品質・有効性・安全性の確保、医薬品の適正使用の3つに焦点が置かれている。そしてこれらの各分野において、公衆衛生アドボカシー(普及啓発)、国際基準の設定、加盟国への技術支援を実施している。
 
 必須医薬品とは優先度の高い医療に用いられる医薬品と定義される。疾病罹患率、有効性・安全性、そして相対的な費用対効果に基づき選択され、常に適切な量が、適切な剤形、担保された品質で、個人や地域社会が購入可能な価格で提供される。

 WHOの医薬品分野における役割は、WHO憲章の第2条(u)項に「食品、生物学的製剤、薬学的製剤および類似の製品に関する国際的基準を発展させ、確立し、および向上させること」と規定されており、WHOはこれに基づき60年以上にわたり医薬品に関する国際基準の設定・推進を行ってきた。

 中でも、必須医薬品の概念についてのアドボカシーと、国家の医薬品政策策定のための加盟各国への技術的支援は、WHO必須医薬品モデルリストが最初に発行された1977年より開始されている。この必須医薬品モデルリストは、1978年のアルマ・アタ宣言においてプライマリーヘルスケアの8要素の1つとして挙げられ、81年にWHOの必須医薬品アクションプログラムが策定された。この発展に寄与したのが、日本人として初めて国連機関の長となった、中嶋宏WHO事務局長(当時)である。

 WHOが策定している必須医薬品モデルリストには現在350を超える医薬品が収載されており、2007年には小児用必須医薬品モデルリストが策定された。既に150カ国以上の国が、国レベルでの必須医薬品リストを策定し、100カ国以上が医薬品政策を確立している。必須医薬品の概念は、当初開発途上国を対象としたものであったが、中高所得国においてもこの概念が用いられるようになっている。

著者プロフィール

ジュネーブの国際機関に勤務する日本人職員が有志で集まり、持ち回りで執筆していきます。なお、本記事内の意見部分は筆者らの個人的見解であり、所属組織の公式見解ではありません。

連載の紹介

ジュネーブ国際機関だより
WHO(世界保健機関)やUNAIDS(国連合同エイズ計画)などスイス・ジュネーブの国際機関で日々議論されている世界の保健医療(グローバルヘルス)の課題を、現地の日本人職員がリアルタイムに日本の医療関係者に伝えます。

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