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外来で「転倒の既往」を尋ねてますか

2014/09/03

 老年医学という専門分野を皆さんご存知でしょうか? 米国でGeriatricsあるいはGeriatricianというと患者さんであってもおおよそのイメージをもつことができるようなのですが、日本では、医学部での老化などに関する講義あるいは研究という印象が強く、臨床の側面がはっきりしないのではないかと感じています。超高齢化社会と呼ばれる日本で、高齢者医療を担っている医師のほとんどがそれほど意識することなく、老年医学/医療を日々実践しているというのが現実です。この連載では、老人医療の日常診療のクオリティーを上げるための「臨床老年医学のパール」についてお話していきます。連載第1回目は、老年医学的アプローチの特徴を解説するのに、「転倒 falls」を取り上げてみましょう。

 漫画などで描かれるお年寄りのイメージは、曲がった背中で杖をつきながらぽとぽと歩いているという姿でしょう。それが本当にお年寄りの典型的な姿かどうかという話はさておき、そのような歩き方をするお年寄りがつまずいて転ぶのは想像に難くないでしょう。80~90%の転倒は骨折や外傷にいたるということはありませんが、転倒、骨折は施設入所のきっかけとなるばかりでなく、いったん大腿骨骨折をおこすとおよそ20%が1年以内に死亡するということが知られています1)、2)。医療現場では「転んだ」ということよりも、その結果としての骨折や外傷に焦点が当てられ、「転倒」そのものに対する評価が十分なされていないのではないでしょうか?

 老年医学では転倒は老年症候群のひとつとしてとりあげられます(他の老年症候群については次回以降に取り上げます)。視覚、中枢・末梢神経系、筋骨格系、これらを支持する血液循環系のどこかに障害がおこれば二本足歩行が難しくなり、転倒しやすくなります。老化によりこのような臓器機能、生理機能が低下することは事実ですが、普通に歩行できないということ、まして転ぶということは高齢者にとって決して“普通”のことではありません。自由に歩けないということは、直接QOLの低下を招きます。転倒をおそれるあまり、外に出歩かなくなり、そのためさらに下肢の筋力が低下、転倒も起こしやすくなるという悪循環に陥ることがあります。

 高齢者の自立生活に大きく関わる老年症候群の特徴は、一般の疾患のように原因(感染症であれば起炎菌)や臓器(心筋梗塞)が単一であることはまれで、加齢に伴う生理機能の低下に加え、様々な疾患や要因が複雑に絡み合って生じ、その結果日常生活機能(ADL/IADL)を著しく低下させる、ということです。老年症候群では、患者自身の身体的問題(内的要因)に加え、高齢者を取り巻く環境(外的要因)にも注意を払うことが重要です。

 老年医学ではこのような要因をPredisposing factor(リスク因子)とprecipitating factor(誘発因子)に分けて考えます(表1)。Predisposing factorにはもちろん年齢が含まれますし、過去に転倒歴、認知症の有無も重要なリスク因子の1つです。

 まず、高齢者診療でのキーワードのひとつは「常に薬(の副作用)を疑え!」です。アルコールや睡眠導入薬だけでなく、抗ヒスタミン剤、抗うつ薬、向精神薬、降圧薬など多くの薬剤が転倒のリスクを増加させます(高齢者への投薬の原則については、また別の機会に解説します)。

 転倒した患者さんをみたら、まず転倒の状況を詳しく聞きとるとともに、上述のPredisposing/precipitating factorsについて評価する必要があります。歩行/バランスの簡単なスクリーニングとして、「Timed Up and Goテスト」があります。これは、肘掛けのない固定された椅子から立ち上がり、3メートル歩き、Uターンしてまた椅子に座る、というものです。これに15秒以内で完了できない、あるいは歩行動作に異常がある、という場合には精査が必要です。

 評価後、病歴、診察によって明らかになった転倒のそれぞれの要因について、転倒リスクを減らすための治療やアドバイスを行います。薬剤の数/量を減らすこと、バランスと歩行のリハビリとともに、カルシウム、ビタミンDの補充を薦めます。ビタミンDは骨量を増加させるだけでなく、筋力やバランスを改善させると考えられています3)

 転倒の最大の対処法は予防です。前述のようなリスクの評価をお年寄りが転んでしまう前に、外来で行うことが理想です。そのためには、お年寄りの外来診療で、転倒の既往(過去1年以内)を尋ねることが重要です。患者さんの多くは、転倒などの老年症候群を「年のせいだから」と考え、医療従事者に話さないという傾向があります。医療者側から積極的に尋ね、評価、対処し、骨折や脳出血などの転倒による重篤なイベントを未然に防ぎましょう。

 次回以降は老年症候群、高齢者への適切な薬物療法、コミュニケーションなどについて取り上げていく予定です。

著者プロフィール

岩田勲(ノースキャロライナ大学チャペルヒル校医学部内科老年医学部助教授)●いわたいさお氏。1994年九州大学医学部卒。タフツ大学医学部(ボストン)客員研究員、カリタスカーニー病院(ボストン)内科チーフレジデント、デューク大学医学部 老年科フェローを経て、2012年より現職。

連載の紹介

若手医師への老年医学のすすめ
高齢者に多く見られる症候群(老年症候群)をはじめ、高齢者およびその家族とのコミュニケーション、緩和ケア・終末期医療について、日本の若手医師に必要な「老年医学の基本」をエピソードを交えながらまとめていきます。

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