内科医/プライマリケア医が心療に取り組むときに、「自分で診てもよい患者か?精神科専門医に紹介すべき患者か?」を明確に区別するためのツールであるMAPSOシステムのうち、これまでの連載の中で、MAPS、すなわちMood、Anxiety、Psychoses、Substance-relatedまでの4つのカテゴリーについては、しっかりと学んでいただきました。
さて、MAPSのところまでを十分理解して、問診シナリオを現場で使うことができるようになれば、皆さんが初めて取り組まれる心療の実践に何ら支障はありません。しかし、次第に経験を積み、多くの患者を診て行くうちに、うつや不安のほかに、明らかに「何か質の異なる問題」があることに気づくことになるでしょう。
「なぜ、この患者の身の上には、次から次へと、不幸な出来事が続くのだろうか?」
あなたは、患者の人生行路に、常につきまとってくる「生き辛さ」のようなものを察知します。うつと不安という病気を乗り越えただけでは、人生における苦労や困り事が解決するとは到底思えない、何やら「根が深い感じがする問題」。これを感じた時こそ、あなたがMAPSOシステムの最後を飾る「O(Others/その他の精神疾患)」、すなわちパーソナリティ障害と発達障害の世界につながる扉を開く瞬間なのです。
本年5月に米国精神医学会総会で発表される予定の新しい診断基準DSM-5では、パーソナリティ障害と発達障害は、その内容が大きく変更されました。今回と次回はその点も踏まえて、プライマリケア医がパーソナリティ障害と発達障害という難物に対して、どのように対応したらよいのかについて学びましょう。
■症候の背後にある性格行動特性に焦点を当てる
MAPSOのうちで、MAPSまでは「今現在の状態」を評価し判断を下しています。すなわち、Mood(うつ症状、希死念慮、躁・軽躁エピソードをチェック)→Anxiety(不安の5つのタイプであるG-POPSを同定)→Psychoses(妄想・幻覚を伴う精神病症状を評価)→Substance-related(アルコールや薬物に対する依存の有無)という一連の流れの中では、「今、眠れないのか?」「今、何をしても楽しくないのか?」「今、頭の中で声が響いているのか?」という問診を繰り返して、患者に今現在に現れている症候をもれなくチェックし、判断の材料にしているわけです。
この作業プロセスでは、「なぜ、そうなったのか」という原因や理由は一切詮索しません。症候は「事実」ですが、原因/理由は「解釈」に過ぎないからです。患者の病状に影響を及ぼす要素は、実に多種多様であり、遺伝的要因だけでなく、成育歴、両親・家族との関係性、暮らしている土地の習慣・風土、時代の空気や風俗、学校や職場における人間関係など、数え上げればきりがありません。目の前の患者が現在抱えている心身の不調に関係する原因/理由は無数にあるわけで、「うつになったのは、上司のせいだ」といった単純な因果論は、あくまでも「一つの解釈」に過ぎず、臨床の場面では現実的ではありません。ですから、「患者の病状に影響を及ぼしている要素は無数にある」ことを前提として、MAPSまでの評価では、「今現在の状態」のみに焦点を当てているわけです。
それに対して、MAPSOのO(Others)に相当するパーソナリティ障害/発達障害は、症候の背後にある性格行動特性に焦点を当てます。パーソナリティ障害/発達障害に共通するのは、「ずっと昔から一貫して続く性格行動特性」です。
なお、本稿では原則として、パーソナリティ障害と発達障害を「性格行動特性に起因する病態/疾病」として捉え、一括りにして扱うことにします。問題となる特性が発現する時期が、パーソナリティ障害は思春期からであり、発達障害は幼少時期からであるという違いはありますが、いずれにしても、精神科を専門としないプライマリケア医/内科医が、自らの手で診断・治療を行うべきでない対象であるという点は共通しています。また、パーソナリティ障害と発達障害の病因論についても、心療初心者であるプライマリケア医/内科医が深入りする領域ではありませんので、ここでは割愛します。