精神科を専門としない内科医・プライマリケア医が、精神科的対応が必要な患者に遭遇したときに、「自分が診て良い患者なのかどうかを判断するためのツール」であるMAPSOの使い方についてのレッスンを続けます。
これまで、MAPSOのMに当たる「Mood」の項目では、うつ症状、希死念慮、躁・軽躁エピソードをチェックする重要性について説明しました。MAPSOのAに当たる「Anxiety」の項目では、不安をG-POPSの5つのタイプに分類して、その傾向があるかどうかを評価するやり方を学んでいただきました。そして今回は、MAPSOのPにあたる「Psychoses(精神病群)」についてお話いたします。
内科医であるあなたのクリニックに、幻聴や妄想を訴えて来院する患者なんていないので、「自分の外来で精神病症状を診ることなんてあり得ない」と思っていませんか? ところが、長びく不定愁訴や身体の不調を訴えて、内科医・プライマリケア医を訪れる若い患者のなかには、非常に高い頻度で精神病症状が認められるのです。ごく普通にみえる若者でも、改めて問診してみると、幻聴などの精神病症状がみつかることに、あなたは驚くことになるでしょう。
■「Psychoses」って何?
「Psychoses(精神病群)」とは、PIPCの創始者であるRobert K Schneider先生が考案された造語です。Schneider先生は、幻覚、妄想、解体症状(思考の混乱)などの「精神病症状(Psychosis)」のある患者を、「すべて統合失調症であると決めつけるべきではない」と考えられました。
そこで、精神病症状を呈しうるすべての精神障害をまとめて、「Psychoses(精神病群)」と名づけられたのですが、その中には統合失調症を中心とする精神病性障害だけでなく、双極I型障害の躁病期、精神病像を伴ううつ病、器質性障害(せん妄、認知症など)、パーソナリティ障害の一部などの疾患が含まれています。
■なぜ、Psychosesをチェックするのか
前述したように、ほとんどの内科医・プライマリケア医は、「精神病症状の評価なんて、自分の診療とは関係ないことだ」と考えています。しかし、PIPCでは内科医・プライマリケア医であっても、必要に応じて精神病症状のチェックを行うように推奨しています。その理由は以下の3つです。
- 医師の想像以上に、精神病症状を有する患者の頻度が高い
- 明らかな精神病症状があれば、それだけで精神科専門医へ紹介する適応となる
- 統合失調症の早期発見は、患者の予後を改善する
■「見た目」ではわからない精神病症状の有無
- 小学校高学年から30歳くらいまでの若年者
- 不登校、引きこもり、出社困難などの社会的機能不全が最近発症した
- 不眠や気分の落ち込みなどの明らかな精神的不調あり
- 精神科に関する家族歴(うつ、統合失調症、双極性障害など)あり
- 他人、あるいは人混みが怖いと訴える
生涯のうちで一度でも精神病症状を経験する人は、全人口の5~6%と言われています。さらに、精神病症状の発症は圧倒的に若年層が多いわけですから、急に学校にいけなくなってしまった高校生、自室にひきこもって出てこない大学生、自殺企図や自傷のために来院した若い女性といったケースを診療するときに、その患者が精神病症状をもつ診察前確率はどれくらいになるしょうか? 正確なデータはありませんが、私の印象では10~20%の若年患者が何らかの精神病性症状を持っていると推測しています。精神病症状が潜在しやすい病像を上記の表にまとめて示しました。
そんなに頻度が高いのなら、今まであなたが精神病症状と遭遇しなかったのはなぜでしょうか。それは、精神病症状について患者に質問していないために、見落としていただけです。
内科医・プライマリケア医が臨床現場で出逢う精神病症状をもつ患者は、外見はまったく普通に見えます。「精神病」という言葉から想像されるような、奇怪な言動や行動はなく、「見るからに変なひと」という印象を医師に与えることもありません。外見は普通の会社員だったり、少し元気のない高校生に対して質問してみると、「頭の中で自分をののしる声が響いていた」ことがわかって、びっくりすることになります。「見た目の印象では、精神病症状の有無はわからない」ことを、決して忘れないでください。