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不安障害(4) 外傷後ストレス障害
トラウマ体験がフラッシュバックするひとたち

2012/11/30

 初めに、少しだけ復習です。ここまで「MAPSO」は、患者の心理コンディションをDSM-IVに基づいて素早くとらえ、「内科医・プライマリケア医である自分が診てよい症例なのか、精神科専門医に紹介すべき症例なのか」を的確に判断するための道具であることを学んできました。MAPSOでは、不安のタイプを「G-POPS」の5つに分類します。

 今回は、G-POPSの4つ目に相当する外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder; PTSD)について学びます。


■PTSDは内科医が抱え込んではいけない

 東日本大震災という未曾有の大災害を契機として、わが国でもPTSDが増加するのではないかと懸念されています。しかし、精神科を専門としない医師の多くは、PTSDに関する正しい理解や診療の心得を持ち合わせていません。災害や事故に限らず、様々な種類の心的トラウマを抱えて生きている人々の数は増加しており、内科医・プライマリケア医が外来で遭遇する機会も決してまれではありません。

 内科医・プライマリケア医が外来診療で頻繁に遭遇する「医学的に説明困難な身体症状(medically unexplained symptoms; MUS)」の中には、PTSDによる身体症状が含まれている可能性があることを忘れてはいけません。PTSDに身体症状を伴うことは非常に多く、倦怠感、睡眠障害、夜驚、疼痛(頭痛や関節痛など)、集中力・記憶力の低下などが認められます。

 さらに、PTSD患者の80%以上では、その他の精神疾患(うつ病、アルコール依存など)が併存しているため、多彩な症状の背後に隠れているPTSDを見逃さないことが重要ですが、精神科を専門としない医師にとっては診断が困難なケースも少なくありません。

 結論を先に申し上げますと、PTSDが明確に疑われる場合は精神科専門医に紹介しましょう。軽症PTSDと思われる患者、すなわちフラッシュバックがはっきりしないか、あったとしても、日常に顕著な悪影響を及ぼしているとは思えない場合は、とりあえず内科医・プライマリケア医が診ても良いかもしれません。それでも、治療経過中にPTSDの症状が消えない場合には、精神科専門医にコンサルテーションすることをおすすめします。


■PTSDの中核症状

 PTSDの中核となる症状は、以下の3つです。

PTSD: 3つの中核症状
  • フラッシュバック(侵入的想起)がある
  • フラッシュバックを起こすきっかけ(トリガー)を避けている
  • 「あの時以来、自分は変わってしまった」と感じる(覚醒亢進)

 心の傷となるような深刻な出来事から1カ月以上経過しても、上記の症状が3つ揃っていればPTSDと診断できます。1カ月以内であれば、「急性ストレス障害(Acute Stress Disorder, ASD)」と呼びます。

 フラッシュバックとは、例えば夜道で襲われた体験をもつ人が、夜道を歩くと、それをきっかけに襲われた時の出来事を「再体験しているかのように思い出す」ものです。映像や音を伴う場合もあれば、一瞬の感覚だけのフラッシュバックもあります。どんなフラッシュバックでも、侵入的に想起された体験に嫌な感情を伴うのが特徴です。

 例えば、みなさんが映画をみて感動したとして、同じ映画を30回見たとしたら、31回目は感動するでしょうか? 普通は、何の感動もないはずです。ところが、フラッシュバックは何万回も体験しているのに、毎回激しく落ち込んだり、動揺したりします。フラッシュバックが、単なる「思い出す」というのと違うところは、(1)自分の意志と関係なく、トリガーによって自動的に始まる、(2)強い感情的体験を伴う──という2点です。

 フラッシュバックの内容は、戦争や大災害のような命がけの体験とは限りません。長年飼っていた猫が死んだ瞬間だったり、クラスメートの前で先生に怒られた場面だったり、怒鳴る夫の姿だったりします。心の傷となるエピソードは、本来であれば時間が経つにつれ「昔の記憶を保存するメモリー装置」にしまわれるはずなのに、何かの拍子に「つい今さっきの記憶を入れておくメモリー装置」に置かれたままとなり、トリガーによってそれが起動されているかのようです。そのような小さな心の傷が時には幾つも存在していることがあります。

 テレビドラマで男性が大きな声を出すのを見ると、別れた夫が自分に振るっていた暴力のシーンがフラッシュバックし、そのたびに不安と落ち込みを感じる女性に対して、いくらSSRIを投薬して気分の改善を試みても、1日に何度も落ち込む状態が続くかぎり、症状の回復は困難です。このような場合は、精神科専門医への紹介が必要です。

著者プロフィール

井出 広幸(信愛クリニック院長)●いでひろゆき氏。1990年群馬大卒。東海大大磯病院内視鏡内科助手などを経て、2003年に信愛クリニックを設立。日本内科学会総合内科専門医、日本消化器内視鏡学会専門医。PIPC研究会ファシリテーター。

連載の紹介

内科医だからできるこころの診療
精神疾患を専門としない内科医であっても、精神科的な対応が必要な患者にしばしば遭遇します。そのような患者への対応法を、PIPC(Psychiatryin Primary Care)という教育プログラムに沿って学びましょう。

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