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静かな諦念(前編)
「病気」と「正常」の狭間で

2016/03/30
東徹(いわくら病院[京都市左京区])

 先に書いておきますが、今回も後味の悪い回になると思います。今後はそのような話が続くことになりますが、ご了承ください。このコラムの連載を始めるに当たり、「精神科単科病院に長期入院していた方の人間的な暖かみのある面を紹介しよう」というのが半分と、「きれいごとではない負の面も紹介できれば」という両方の意図がありました。後半に来て、後者の比率が大きくなっているというわけです。もうしばらくお付き合いいただければと思います。

統合失調症と軽度の知的能力障害を持つ吉田さん
 今回は吉田さん(仮名、享年74歳男性)についてです。吉田さんは、はっきりとは診断はされていなかったようですが、軽度知的障害がありました。現在で言う、知的能力障害です。後に統合失調症を発症して、病歴・生活歴を調べていく中で知的能力障害が疑われるエピソードが発見され、診断されたようです。

 軽度の知的能力障害の方は、このような経緯をたどることが稀ではありません。学校や周囲がおおらかな環境だったり、はっきりとは目立たない形でも家族や友人のサポートがあるなど、状況によっては大きな問題なく過ごせる場合もあります。それが、社会に出たことや家族の不幸があったことなど、いろいろな要因でストレスが掛かった時に、生きづらさが顕在化し、統合失調症や気分障害、適応障害などの形で現れます。その時点で振り返ってはじめて、学校の成績が悪かったり、人間関係がうまく築けていなかったり、ということが判明し、これは知的能力障害があったのだろう、と診断がつくというわけです。

 これは知的能力障害だけでなく、自閉症スペクトラム(以前でいうアスペルガー症候群や自閉症、広汎性発達障害の総称です)や注意欠陥・多動性障害ADHD)などの発達障害も同様です。軽度の場合は気付かれずに過ごしていたが、なんらかのきっかけで後から分かる、というパターンも多いのです。

 逆に言えば、そのような精神疾患を持っていることに気付かれないまま普通に問題なく過ごされている方も多いのではないかと推測されます。何らかの生きづらさが顕在化して初めて、精神疾患と呼ばれるようになるわけです。環境がその人に適していれば、「病気」と呼ばれることなく過ごしていけるのでしょう。そう考えると、病気の発症には環境因子が深く関わっているということがよく分かります。

 一方で、発達障害の方などは、その特性を生かせる仕事に就けた場合は逆に有利に働く場合もあると言われます。その場合、おそらく厳密には病気の診断を満たしていない可能性があります。診断基準の一つに(細かい文言は違いますが意味的には)、「社会生活上の障害がある」という項目があるのです。すると、特性がむしろ有利に働いているのであればそれは障害とは言えなくなるので、病気とは診断できなくなるわけです。では、そのようなケースの何を持って病気と言っているのでしょう。本人の状態は同じでも、周囲の環境で呼び方が変わってしまう。そもそも病気って何なんでしょう……。あ、すみません。僕の手には負えない精神医学の迷路に迷い込んでしまったようです。この議論に関してはもっと偉い先生にお任せするとして、吉田さんの話に戻りましょう。

 吉田さんは誰の目にも明らかに社会生活上の障害を来してしまっていたので、病気かどうかを迷う余地はありませんでした。吉田さんの知的能力障害の程度は軽度でしたので、学校は普通学級を出ましたし、就職もしました。結婚の話もあったようです。しかし、22歳で幻聴・妄想が出現。大声を出したり、近隣に迷惑行為が出現して統合失調症と診断されました。吉田さんの場合は、両親の離婚がきっかけとなったようですが、残念ながら記録が残っておらずそれ以上詳しくは分かりません。

 その後、吉田さんは入退院を繰り返しながら、なんとか一人暮らしを続けていました。その間、生活のサポートをしてくれていたのは、弟さんでした。統合失調症は病状が再燃、軽快を繰り返しますが、全体的には徐々に悪化していきます。数十年もの長きにわたり、吉田さんを陰に日向に支えていたのは弟さんでした。

著者プロフィール

東徹(いわくら病院[精神科単科病院])●ひがしとおる氏。2006年京都大学医学部卒。高知医療センターでの初期研修を経て、京都大学医学部付属病院、大阪赤十字病院精神神経科に勤務。2012年より現職。

連載の紹介

その死に誰が寄り添うか-精神科単科病院にて
精神科単科病院の「身体合併症病棟」。ここがどのような場所で、どのような人がどう生き、そして死んでいくのか。知られざる実態を、長期入院の末に亡くなった方々の実例を元に、一部改変してご紹介します。
『精神科病院で人生を終えるということ − その死に誰が寄り添うか』好評発売中

 精神科単科病院で身体合併症病棟を担当する著者が精神医療の現状を生々しくつづっていいます。胃瘻造設や延命治療の是非、誤嚥性肺炎への対応、患者家族への説明の難しさなど終末期医療における課題を挙げ、相模原障害者施設殺傷事件に対する私見も示しています。
 精神医療に限らず、高齢者の終末期医療に対する現場の肉声ともいえる内容です。高齢者医療に携わる全ての医療者に一読をお勧めします。(東徹著、日経BP社、3500円+税)

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