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精神医療の闇の深さ(前編)
「精神科で薬漬け」の真偽

2015/11/09
東徹(いわくら病院[京都市左京区])

 今回は少しいつもとは違った感じになる予定です。これまではなるべく、事実を淡々と、それに解説と少しの解釈を添えてというつもりで書いていましたが、今回は少し個人的な、感情的な話が多くなるかもしれません。これまでがどんなのだったかなんて知らないよという方は、第1回からいくつか読んでいただければありがたいなあ、と思う次第であります。

 中村さん(仮名、享年80歳男性)のお話です。中村さんは50年以上入院されていました。僕が中村さんの担当になったのは亡くなる3年前からでした。その時にはすでに寝たきりでベッドから出ることはほとんどありませんでしたし、会話もほとんどできなくなっていました。会話ができないといっても声を発しないわけではなく、何かを話し掛けてはくれるのですが、全く判別できないぐらいの構音障害がありました。簡単な、はい、いいえの意思表示はできました。できたというか、スタッフが読み取れました。あとは「調子はどうですか」と尋ねると、たまに「大丈夫」ぐらいは聞き取れる返答をしてもらえることがありました。

 ですから話ができない、と言っても静かなわけではありません。よく大声で叫んでおられました。あまりに大きい時、それが頻回に続くときには抗精神病薬を使って落ち着いていただきました。わりと薬が効く方で、普段の薬を少し増やしたり、頓服で少量追加するだけで効果がありました。なので、落ち着かれた後は薬を減らすようにしていました。

「精神科では山盛りの薬剤が出されている」
 昨今よく批判されるように、「精神科では山盛りの薬剤が出されている」ということは実際によくあります。良くないとはみんな分かっているのですが、なぜそうなってしまうかといえば、調子が悪い時に薬を増やして、そのまま続けてしまう。また調子が悪くなれば、さらに増やしてしまう。これを繰り返すというパターンです。良くなった時にはある程度減らさないといけません。しかし、それを忘れてしまうと増える一方になってしまう、というわけです。

著者プロフィール

東徹(いわくら病院[精神科単科病院])●ひがしとおる氏。2006年京都大学医学部卒。高知医療センターでの初期研修を経て、京都大学医学部付属病院、大阪赤十字病院精神神経科に勤務。2012年より現職。

連載の紹介

その死に誰が寄り添うか-精神科単科病院にて
精神科単科病院の「身体合併症病棟」。ここがどのような場所で、どのような人がどう生き、そして死んでいくのか。知られざる実態を、長期入院の末に亡くなった方々の実例を元に、一部改変してご紹介します。
『精神科病院で人生を終えるということ − その死に誰が寄り添うか』好評発売中

 精神科単科病院で身体合併症病棟を担当する著者が精神医療の現状を生々しくつづっていいます。胃瘻造設や延命治療の是非、誤嚥性肺炎への対応、患者家族への説明の難しさなど終末期医療における課題を挙げ、相模原障害者施設殺傷事件に対する私見も示しています。
 精神医療に限らず、高齢者の終末期医療に対する現場の肉声ともいえる内容です。高齢者医療に携わる全ての医療者に一読をお勧めします。(東徹著、日経BP社、3500円+税)

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