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精神科医は黙って身体管理(前編)
「ぱらふれにぃ」てなにぃ?

2015/08/10
東徹(いわくら病院[京都市左京区])

 なんとかこの連載も第10回を迎えることができました。最初に連載のお話をいただいた時に、始める限りは10回は続けてもらわないと、という条件というか要望があり、できるかなという不安もあったわけですが、とりあえずは一つの義務を果たせたような多少の安堵感があります。一応1話完結になってはいますが、第1回(「死は希望だ」)から順番に読んでいただけると、大きな流れが感じられる…かもしれません。

 さて、今回は山本さん(仮名、享年83歳女性)のお話です。診断名は遅発性パラフレニーです。65歳頃、悪性リンパ腫が発見され、抗がん剤治療で入院した時に発症しました。その後、長期入院となりましたが、その間、様々な身体疾患に罹患しました。僕が主治医になった時には…あ、その前に、「遅発性パラフレニー」って分かりますか?分かりませんか…そうですよね。僕もよく分かりません(汗)

僕が主治医になってカルテを開けると、前の主治医の申し送りとサマリーがあるわけです。そこに診断名として書いてあって、今よりさらに未熟者の僕は「ぱらふれにぃ?って何ぃ?」となっていました。そしてまあ調べたんですけどね。いまだによく分かっていません。って書くと諸先生方に怒られそうですけど。仕方ない、甘んじてお叱りを受けます。

「遅発性パラフレニー」今昔
 とりあえず分かったことは、パラフレニーというのは昔の外国の偉い精神科医が分類した疾患の一つだということです。幻覚妄想がある、らしい。なにやら細かい経緯や変遷はあるがよく分からない。で、遅発性というのは発症が遅い、高齢という意味ですね。でまた別の昔の外国の偉い精神科医が、遅発性パラフレニーと分類し名付けた、ということみたいです。

 まあざっくり言うと、発症年齢の遅い統合失調症ということです。ではなぜそう言わないか。統合失調症というのは、だいたい発症年齢が若くて、45歳未満で発症するのが普通なんですね。だから、発症年齢が高いというのは珍しい、それになんとなく症状も違う気がする。これは、別の疾患と考えるべきじゃなかろうか、じゃあこれを遅発性パラフレニーと呼ぼう。とそういう考えのようです。

 しかし、現在の主流となっている診断基準、精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)には遅発性パラフレニーという診断名はありません。現行の1つ前のバージョンのDSM−IV−TRでいえば、「妄想性障害」とかそのあたりが近いかもしれません。ところが2013年刊行のDSM−5ではどうなったかというと、それらの重症から軽症を含めた類似の疾患をまとめて、統合失調症スペクトラムという一連の連続体(スペクトラム)として考える、ということになったようです。ですから、遅発性パラフレニーもその中に含まれているのだと思います。

 以上、精神科こぼれ話でした。精神医学は現在も、診断さえも流動的に試行錯誤が繰り返されているのですね。なかなか一筋縄ではいかないのです。

数多の身体疾患を乗り越えてきた山本さん
 山本さんの話に戻りましょう。山本さんは、65歳で悪性リンパ腫が発見されました。それまでは精神科歴はなかったようです。1度、結婚歴、離婚歴があって、仕事もいくつかされていたようです。悪性リンパ腫に対して抗がん剤治療のため入院した際、幻覚妄想が出現し遅発性パラフレニーと診断されました。その後、精神科病院に長期入院となり、81歳の時に僕が主治医になった、とそういう経緯です。

 しかし、それまでに、数多くの身体疾患に罹患されました。代表的なものだけでも、大腿骨頸部骨折で手術、乳癌で両側乳房切除、その後肺に多発転移、胆管炎でステント留置、繰り返す尿路感染症、肺炎――といったところです。ほとんど過去のカルテは身体疾患に関する記載でした。

 精神状態はどうなっていたのかというと、僕が主治医になったときには、ほとんど寝たきり状態でした。簡単な質問には短い返事はもらえますが、少しでも長い会話は無理です。特に不穏になるわけでもなく、静かで穏やかな方でした。というか、このような状態を無為、自閉といい、陰性症状という呼び方をするわけですね。薬の副作用でも起こりえます。区別は難しいです。

 ともかく、そういうわけで、僕の山本さんとの関わりも、これまでの主治医と同様に、精神症状というよりは身体疾患の治療がほとんどになったのです。胆管炎、尿路感染症、肺炎を頻回に繰り返しました。その都度、重症になると総合病院に転院治療をすることもありました。

著者プロフィール

東徹(いわくら病院[精神科単科病院])●ひがしとおる氏。2006年京都大学医学部卒。高知医療センターでの初期研修を経て、京都大学医学部付属病院、大阪赤十字病院精神神経科に勤務。2012年より現職。

連載の紹介

その死に誰が寄り添うか-精神科単科病院にて
精神科単科病院の「身体合併症病棟」。ここがどのような場所で、どのような人がどう生き、そして死んでいくのか。知られざる実態を、長期入院の末に亡くなった方々の実例を元に、一部改変してご紹介します。
『精神科病院で人生を終えるということ − その死に誰が寄り添うか』好評発売中

 精神科単科病院で身体合併症病棟を担当する著者が精神医療の現状を生々しくつづっていいます。胃瘻造設や延命治療の是非、誤嚥性肺炎への対応、患者家族への説明の難しさなど終末期医療における課題を挙げ、相模原障害者施設殺傷事件に対する私見も示しています。
 精神医療に限らず、高齢者の終末期医療に対する現場の肉声ともいえる内容です。高齢者医療に携わる全ての医療者に一読をお勧めします。(東徹著、日経BP社、3500円+税)

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